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近世百物語・第九十六夜「祓いの鐘」

 私の使っている霊器れいきと呼ばれる〈七つ道具〉には、祓い鐘・火打ち石・祓い刀・石笛いわぶえ奪衣婆だつえばの壷・霊符れいふ烏帽子えぼしがあります。これらは祓いの現場で使う霊的な道具です。この中の〈奪衣婆の壷〉については第九十一夜の中に書きました。霊符については近世百物語・第八夜と第四十ニ夜と八十四夜と第九十一夜の中にも書いています。
 祓い鐘は祓いに使うための鐘です。これはいわゆるチベタンベルです。本物のチベタンベルは世界に五個しか現存しません。私の持つ物は本物ですが、この本物と言うのは御神体として作られ、長い間、祓いを受け続けた物のことです。これには強い霊力があります。
 素材は七種類の金属で、隕石に含まれる〈隕鉄いんてつ〉を含んでいます。これは俗に〈セブンメタル〉と呼ばれる金属です。この金属の配合によって重さや音色が違います。私はこれとは別に、完全に隕鉄のみで作られた祓い刀を持っています。こちらは刀と言うよりナイフくらいの大きさですが、祓いの現場で重宝しています。
 祓い鐘の内側には文字が彫られています。古いチベット語なので、フォントがなく、ここには書けませんが、
——オン・マニ・ペメフム
 と読むそうです。この言葉は、
「すべての魂が安らかに鎮みますように」
 と言うような意味になるそうです。古いチベット文字は、いわゆる西蔵さいぞう密教の梵字です。あらゆる荒ぶる魂を速やかに鎮めます。
 祓い鐘は、持っているだけで、低俗な霊は祓われてすぐに去って行きます。祓い鐘をひとたび鳴らすと、その音はすべての悪い波動を調節する力を持つのです。この音を耳にした多くの人々は、必ず、本物とレプリカの違いに気づきます。
 私のセミナーではこれを使って祓うことが多く、音を初めて聞いた人は、皆、驚きます。そして気持ちが良くなって、
「何か悪いものが祓われたような気がします」
 と言ってくれます。
 祓い鐘は悪い霊体を感知すると音がひずんで変化します。祓いで鳴らし続けると、やがて澄んだ音に変わります。これが祓えた証拠と言えば証拠のようなものです。
 普段、祓い鐘は一度に3回くらいしか鳴らしたことはありません。4回を超えると、勝手に振動して持っていられなくなります。10回くらい叩いて鳴らすと、空気の振動がガラス窓などに影響を与え、粉々に割れてしまうそうです。実験したことはありません。ただ、5回を超えると、やはり持っていられないほど激しく振動するので、言われていることは真実だと思いました。
 悪い波動を持った霊体がいると、空間そのものに悪影響を及ぼすので音が歪みます。空気がにごった感じがします。あるいは、空気そのものが不快な印象を与えるのです。これら悪い波動が、たとえば手紙や電子メールや携帯電話の音声によって伝わって来ることもあります。

 また、夜に神社へ行ったとか、怪し気な祠へ行ってしまったとかで、それを感じることもあります。多くは祓い鐘ほどたいそうな霊器を使わずに、招福鈴と呼ばれる小さな鈴を鳴らし守ってもらうことが可能です。招福鈴は完全な球体の鈴です。
 これをひとつひとつ祓いをして、祭文を唱え、友人たちを守ってもらうように手渡したことがあります。
 すると、何人かの友人は、
「怖い時に鳴らしたら、突然、表面の金メッキがすべてはがれて銀色になった」
 と言っていました。

 祓い鐘は霊力の一部を、別なチベタンベルにコピーすることも出来ます。しかし安物にコピーすると、一度鳴らしただけで、鐘、そのものが壊れてしまいます。
 ある時、テストでチベタンベルを鳴らして音を確認し、私の祓い鐘の霊力をコピーして、また鳴らすと、その瞬間にチベタンベルが割れてしまいました。そんなに安物ではなかったのですが、霊的な力に耐えられなければ無理なようです。

 またある時は祓い鐘が勝手に鳴ったこともありました。祓いの現場についた時、袋に入ったままで勝手に鳴ったのです。どこかにぶつかった訳ではありません。とにかく一度だけ勝手に鳴ったのです。そう言う時は縁起が悪いので、即座に袋から取り出して、少し鳴らして見ました。すると、歪んだ音がしました。
——これは危ない。
 と思って、慎重に祓詞をあげて祓いました。
 この後、突然、外が大雨になって雷までが鳴り出しました。着替えて建物を出るまでに、雨は止んでいました。祓い鐘を鳴らすと雨が降ったり雷が鳴ることは良くあります。

 また、色々なところで招福鈴が勝手に鳴ったこともあります。私にも経験はありますが、突然、夜中に鈴が鳴るのです。静かに何度か鳴っていました。まるで遠くの風鈴の音色のような感じがしました。その時、部屋の中に何か動くものが見えたのです。形が不安定で後ろが透けたものでした。いつもの亡霊のような半透明ではなく、明らかに質量を持った感じがしました。ガラスか何かのような透明な、しかも、グニャグニャした柔らかなものでした。このようなものを何度か見たことはあります。正体については知りません。
——もしかすると未知の生物なのかも。
 とか、勝手なことを思いながら祓詞を使って祓ってしまいました。
 それで祓えたと言うことは、
——霊体か何かの一種だ。
 と思いました。
 さすがに鐘や鈴を鳴らしながら来る悪いものはありません。神と呼ばれるものの中には、そのような種類の現象もあります。

 祓い鐘が鳴っていないのに、勝手に振動していたこともありました。もちろん音は出ていません。ただ振動だけを感じただけでした。そんな時は、普段よりも不吉な感じがします。理由が分からないのです。ただ何かの影響によって、あろう筈もない振動が起きているのです。その時は、南の島の霊地と呼ばれる洞窟で振動していたのです。洞窟の中にはたくさんの遺骨がありました。そこは埋葬の地だったのです。

 さて、子供の頃のある時、何度も神隠しのような出来事に会いました。その内の何度かに鈴や鐘の音を耳にしたことがあります。それはとても澄んだ音でした。涼し気な感じもしました。祓いで鐘を鳴らす時に心の中でその音を思い出しながら、いつも鳴らしているのです。思い出さずに鳴らすと、やはり失敗するようで、その後、たいへんな思いをして後始末することになるのです。
 祓い鐘を鳴らす時には、心の中で音をイメージします。その音がキチンと聞こえるような感じになったら鐘を鳴らします。そうすると、イメージした音の通りに鳴り出すのです。もし、イメージ出来なければ、あるいはイメージしなければ、ただ何となく鳴っているだけです。これでは何も祓えませんが……。

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