11月12日 メイクをする
メイクをする
わたしはこの行為がほんっっっとうに嫌いだった。第一に面倒くさい。ただでさえ眠い朝に、外に出るためにわざわざメイクをする。一体誰のために?なんのために?
またさらに「メイクをしない女性はいない」みたいな価値観もものすごく嫌だった。だからどうしてオンナはメイクを半ば強制されるわけ?
たまに、電車で凄技を繰り広げている人がいる。駆け込み乗車したと思えば、立ったまま化粧ポーチを取り出しメイクを始める。ここまで凄技じゃなくても、乗り込んで空いた席に座ったと同時にメイクをし始める人たち。あんなに揺れている車内でよくアイラインなんてかけたものだ。そういう様子を見ながら感じる。あなたは誰のために化粧をしているの?
大学生になるタイミングで、化粧をするように言われた。周りも化粧をしはじめていた。よくわからない単語をたくさん発しながら。わたしは、流れに乗せられてそのまま化粧品売り場に連れて行かれるとなんと店員さんにこう言われてしまう。
「えー!今まで化粧したことないの?女の子なのに??女性がメイクをするのはマナーですよ笑」
蹴散らそうかと思った
初めて店員さんにお化粧をしてもらった時、「こんなの歌舞伎じゃん」と素直に思った(し声にも出した)。今まで素の素でいたわたしが、急に仮面を被った感じ。全然かわいくない。化粧すれば誰でもかわいくなれると思っていた。
わたしはとにかくめんどくさかった。肌の手入れも迫られ、手入れだけでなく飾ることまで求められる。
あまりにも高度。惰性で生きているわたしには、ある日突然スターバックスで働けと言われたような感覚。
だから、大学生になってもほぼスッピンだった。薄いメイク これが合言葉。誰も見てないしわたしのこと。
そして薄いメイクのまま電車に乗り、目の前に座るメイクの達人を見ながら「あなたは化粧の段階を見られているので、本末転倒では?人前に出る前に化粧を済ませなければ意味ないじゃないの」 と軽く罵ってみる もちろん心の中で。
でも、そんなわたしが、ひとつだけ好きだったことがある。
ネイル
正直、ネイルも最初は好きじゃなかった。大学生になってネイルするありきたりすぎるから却下!みたいな。でも、飾れ飾れと言われる中で、スッピンの爪がペンを持つたびにスマホやパソコンを使うたびに目に入る。だから、ちょと服着てみる?そんな感覚で。あまり失敗もないし、何より飾ったものが目に見える。化粧は鏡がなければわからないけれど、爪はいつでも見れる。
だからわたしは、ネイルをするようになった。
ペンを握る自分の爪を見ながら、(ド派手なネイルをしているわけではないけれど)少しだけ着飾ったネイルが可愛いくて元気が出る 。もうちょっと頑張るかってなぜだか思う。なんだかテンションって不思議だ。
そしてこの感覚を得た時、わたしは「化粧」に対して抱いていた猛烈な嫌悪感と怠さから解放されることになる。
化粧って自分のためにするんだな
誰かのため、誰かに見られてるから、マナー
他者を意識したものはわたしの心には響かない
だけど、自分がちょっと元気になる。メイクでエンジンをかけて出発する。大丈夫、今日のわたしもきっと好調。
そう思えるから、化粧をするんだ
と思ったら、今までは儀式のようになっていたメイクも楽しめるようになった。今日はチャレンジしてみようとか、今日は無難でいきましょうとか メイクって意外と考えることがある 道具もたくさんあって。工程もたくさんある。めんどくさいことが楽しいのは、そのめんどくささも楽しめるくらい自分と向き合ってパワーを注入できるから。
そしてそんな楽しみの結果が、誰かのためにもなっている。
オンナもオトコも年齢も関係ない
メイクをする上で、忘れたくないのは、義務じゃないってこと。めんどかったらしなくていい。だってそのままでも素敵だから。気にしなくて良い。でも、ちょっとだけ自分の楽しみのためにメイクするのもありかもしれない。