友達と私
呼吸をするよりも楽に話し合える友達と中高時代に出会えたのは幸せな事だったのだと思う。
それよか大変なことの方が多かった中高時代、私が何とかやっていけたのは人間関係においてほぼ全くストレスがなかったからである。
一方、そこで全くストレスがなかったので、その後に人間関係においてストレスや違和感があると困難な状況を体験することになる。基本的に私は自分を不幸せにする人間が必要ないので、はいサヨナラとお別れする以外どうしたらいいのか分からないのだ。未だにそれが解決策だと思っている。なぜそんなに人間は自分にストレスをかけたがるのか。自分を不幸せにする人間などこの世に5万と人がいる中でわざわざ関わらなくても良いのに。
にしても、多感で、多感故に苦しかった時代に、本当にイジメも無く差別も特になく、緩やかに穏やかに、クラスメイト達ともやっていけ、趣味趣向は違えどなんでも話し合える仲を友達と築けたのは……あるいはそういう友達が出来たのは本当に幸いなことであった。
一体何がそうさせたのか、あるいはそれ以降でそういう人と出会うのか私は楽しみである。
正直こんなものは理論ではなく感覚で、そしてその感覚さえ私は歳と共に変わってしまうのだろうが、まあ占い師に言われた通り私は人の許容範囲が針の糸を通すかの如く狭いわけで、それなりに難がある性格の私を10何年も友達でいてくれる周りに感謝である。