秋の生き方がわからない
新しい季節がくるごとに、こんなはずじゃなかった、こんなに生きるはずじゃなかったんだ、と繰り返す。
夏を本格的に迎える前も、夏に怯えていた。生命活動をやめた有機体が腐りやすい季節になるのは嫌だった。でも夏は私が輝ける季節でもあった。
ひょっとして、私自身が夏だったんじゃないかと思うくらいに。
鮮やかな海色の中に私は生き、私も、夏を意味付けた。
「平成最後の夏」の響きを私は楽しんだ。それと同じくらい、夏と一緒に自分が終わるだろうことに怯えていた。それくらい本当に「最後の夏」を覚悟していた。
「靴を買わなきゃ、靴を買わなきゃいけない」という強迫で昨日はなかなか眠れなかった。新しい靴は果たして、新しい季節に連れて行ってくれるのか。
一番輝ける季節は終わった。一番輝かせてくれる色味は消えてゆく。
ただ枯れていくのではないだろうかと。そして季節のように巡ることもできずに、私だけがここに取り残されていくのではないか。
新しい靴を買う、だけじゃきっとだめなんです、今までどうやって生き延びたんだろう。
夏はもういない、認めたくないけれど、私が素顔でいられる時間はもう来ないのだ。そんな気がする。
涼しくなってきた。秋の生き方がわからない。連れて行ってください。私も連れて行ってください。
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表紙、4、5、6、7枚目 たま緒さん https://twitter.com/tmtmotm02 夏の終わり、8/19のportal撮影会にて。
本文1、2、3枚目 ソノヒノイロさん https://twitter.com/ramokun 7/4、太良町の大魚神社海中鳥居にて。