【小説】REVEALS #4
コインと秘密とリスク
あれから月に一回くらいマジック特番で北川天馬を見るようになった。その度に同じリモート現象を起こしては、バズっているようだ。しかも、その度に拡散の広がりが大きくなっているようだ。今日のネットニュースにもなっていた。
あれから礼司に提案しようと思っている事がある。マジックで他人の役に立てないかと思っていた。
コロナ休みの間、打ち込めるような物もなく、ただ漫然と退屈で陰鬱な日々が続いていた苦痛の毎日。不要不急と言われて多くのエンターテイメント産業に関わる人が苦しんだ。日常から刺激が奪われた人々は、ストレスに苛まれた。エンターテインメントが人間にとって必要なものである事をコロナが教えてくれた期間でもあった。その時に僕はエンターテイメントが他人のためになると真剣に思えたのだ。
そう、お察しの通り。僕はマジックというエンターテイメントで誰かを退屈から救いたいと思ったのだ。こんな駆け出しでペーペーにすらなってもいない若僧が何を言っているのかと思うかもしれない。しかし、僕がマジックを手に入れた瞬間から、それは実現可能な事として僕の目の前にぶら下がったのだ。
気が付けば、僕は完全にマジックにハマっていた。
僕は僕が思っている以上に単純な性格だったようだ。まず礼司が勧めてくれた『マジック・マスター』にハマった。まず最初にやりたいと思ったのは、マッスルパスだった。
とりあえず見様見真似でやってみた。が、最初は500円玉が母子丘に食い込むだけで、一向に飛ぶ気配が無かった。それでも諦めず、ずっとパームの状態で500円玉を握って生活していた。そうしたら一週間ほどしてピョコンと一回転するくらいにはなった。
そして、ある時期から皮膚が明らかに堅くなってきた。血豆にもなっていたから多少の痛みはあったが、硬貨が思うように動いたり手に保持できるのが楽しくなってきて、500円玉を手離さなくなった。
その頃にはフェイクパスで鏡に映った自分で、自分を騙せるくらい自然に見えるようになってきた。パームをしていても必要な箇所以外の力を抜く事が出来ていて自然な感じを出せている実感があった。
こうなってくると、身に付けた技を誰かに見せたくて仕方が無かった。北川天馬のおかげでマジック特番が増えたおかげで、マジックが話題にしやすかったので、何度かクラスメイトに披露する事も出来た。
そして、手本にしたくなるような演技をテレビで見る事が出来る。ただ、残念な事にテレビではあまりコインマジックをする人が多くない。
コインの演技はほんの一握りで、しかも難しそうなものばかりで、今の僕ではどうにもならない感じがする。
礼司が言うには、テレビでよく見るコインマジックはシェルコインという道具を使っている人が多いという。ところが、日本円ではシェルコインは売って無いらしい。という事で僕は、ハーフダラー(50セント硬貨)とシェルコインを購入したのだった。
ハーフダラーの直径は500円玉よりも大きいため、パームしようとしても今までのようにいかなかった。僕は新しい道具を買ってウキウキしていたのだか、すぐに挫折感を味わう事となってしまった。まるで今まで苦労が水の泡になってしまうかのような感覚に襲われた。シエルコインが使えるハーフダラーを諦めて500円玉に戻りたい気持ちを堪えた。そして敢えてハーフダラーを握りしめる生活を選んだ。やはり、今までの苦労は無駄ではなかった。何のことは無い。すぐにハーフダラーも手に馴染んだ。
シェルコインの扱いは技術的には案外簡単ではあったが、逆に扱いが難しい気がした。増やしたり減らしたりする現象をビジュアルに行う事ができる点で、かなり効果的な道具だ。しかし、使える現象の幅がそれによって縛られてしまうことと、道具を使っていることがバレないように扱わなければいけない。見破られてはならないこのリスクを負うため、精神的な負担になってしまう。便利さとリスクが同時にやってくるため、気持ちの上で扱いにくい代物だと思った。
せっかく買ったのだが、極力使わない方向でやろうと思った。
少しずつマジックのタネを調べるうちに、コインマジックはアクロバティックな技術を必要とするものが多いことに気がついた。この技術の凄さが観客には知られてない点が反対にもどかしくなるほど、カッコ良いのだ。また、現象が起きたように見える作用機序が鮮やかである程ワクワクするのだ。カードよりも固く、変形しない物質を扱う点で、誤魔化せない面白さがある。
ちなみに余談なのだが、僕がコインコレクターになっていったのは言うまでも無い。
ボランティア活動とイベント
以前から企画していた案に礼司を誘ってみた。礼司は驚いた様子だったが「さすが大我」と言ってスマホを出して考え始めた。
「こういうのがあるらしい。」
スマホを覗き込むと、イベントの告知サイトがあった。被災地を盛り上げようというイベントでパフォーマンスや出店者を募集していた。
「こういうやつだろ?」
「そう。こういうやつ。」
先月の豪雨災害で多くの家屋が水浸しになった地域だ。コロナのせいでボランティアを呼び込めず、なかなか復旧が進んでいない。
県外からの呼び込みが難しい中で、少しでも人に集って欲しいという意図があっての事だろう。しかし、人が集まり過ぎてもいけないのではないか。色々と気になる点はあったけれども、自分の企画も実現させたい都合もあって、この地域の苦肉の策に乗っかる事にした。僕たちは、マジックパフォーマンスとボランティア活動をする事に決めて、すぐにイベントサイトに申し込みをした。
いよいよ隣の市まで来てしまった。
昨月の豪雨で避難所生活をしている人や、地域を復興しようと頑張っている人たちのための支援イベントなのだが、僕たちの参加申請はあっさり通過して、快くオッケーをしてもらったのだ。
いざ、やるとなるとドキドキしてきた。受け入れらるのだろうか。マジックを初めて間もない人間がイベントに参加してバカにしているのかと怒られないだろうか。近づくにつれて緊張してきてしまった。礼司はいつもと変わらず飄々とした表情で外の景色を眺めていた。
こういう時の礼司はとても心強い。
朝早くから移動して、到着した。冷房の効いた車内から出ると、泥の匂いと暑さが僕らを直撃した。僕らは案内されるままにボランティアセンターで受付をした。午前はボランティア活動を2時間して昼食のあと昼過ぎにパフォーマンスが始まる予定になっている。当初のイメージでは割とハードかもしれないと思っていたが、無理のない時間配分になっていた。むしろ、積極的に休むことを推奨されていた。賃金の発生する労働ではないだけに、病人や怪我人が出ないように気を付けているとのことだった。
この辺りは被災してもう日が経つが、片付いているところが大通り沿いだけで少なく、まだ手がついていないところが多くあるのに気が付いた。泥の臭いと埃の臭いが徐々に濃くなってきている。僕たちは瓦礫や家財道具の撤去が進んでいない老夫婦のお宅にお邪魔した。僕がマジックに熱中している間に辛い思いをしていた人が居たことに胸が痛んだ。自分の罪悪感を掻き消すように、作業に熱が入った。
「あんまり無理すんじゃないぞ、お前は出来ることをしろ。」
そんな僕の心を察してか礼司が言った。人付き合いが苦手だとか時々言っているが、彼はとても人の心がよくわかっているし、ちゃんと気付いている。ちょっと分かりすぎて時々怖いと思う時もある。礼司は淡々と作業をすすめた。汗は沢山かいた。しかし、成果が出たのかよくわからない間にボランティアの時間は終ってしまった。
「お疲れ様、こういうのは初めて?学生さんでは珍しいね。」
少し離れたところで作業していた人が話しかけてきた。どうやらボランティアのベテランさんのようだ。僕は達のような学生がこういうボランティアをするのは珍しいのか。
「俺たち、午後のイベントに演者として出るんです。よかったら来てください。」
礼司は挨拶ついでにちゃっかり宣伝をした。
受付に戻って、昼食をとりながらイベントのスケジュールを聞いた。今日、急に来られない人たちがいたようで、なんと僕たちが最初の演者になってしまった。機材の搬入などの時間が必要ないからだそうだ。
会場は屋外のステージだ。ステージも客席も日差しを避けられる屋根がついている。観客は密にならないようにビニールテープでソーシャルディスタンスを保てるように区分けがされていた。整理札に書かれた番号にお客さんが一組ずつ入るシステムだ。
会場を見ていたら一気に緊張感が増してきた。
礼司はピックポケットというジャンルのマジックを演じる事になっている。いわゆるスリの技術を使うマジックだ。本気の礼司の舞台を見るのは初めてだった。礼司の顔からは神経が研ぎ澄まされている感じが漂っている気がした。そんな礼司とは裏腹に、マジック自体は非常に笑いと活気に溢れるものだった。
「どなたかマジックに協力してくれる方はいらっしゃいますか?」
前の方に陣取っている目立ちたがりな感じの男性の観客が選ばれた。よく見ると先ほど作業の後に挨拶をしてくれた男性だった。
「では、協力してくれるダンディな叔父様に大きな拍手をどうぞ」
そう言って礼司はお客さんに拍手を促し、拍手の中、そのおじさんを迎えに行き、手を引きながら舞台へリードした。
「あ、ソーシャルディスタンスを忘れてましたスミマセン。」
と、軽く笑いを取りながらマジックを始めようとする。
そそくさとお客さんから離れると,腕時計をぶら下げて見せた。
「どうやら、この腕時計は僕のことが好きなようですね。でもちゃんと持ち主のところに戻らないと。」
そう言って、お客さんに時計を返した。一瞬パニックになった。いつの間にかあの人が身に付けていた腕時計を取っていたようだ。他のお客さんも、舞台の上のあの人も同じリアクションをした。
「では、マジックを始めますね。ここにトランプがあります。」
礼司はそう言ってサングラスをクイっと額に掛けた。
あれ、サングラスなんか掛けていたっけ?
「え、いつの間に!?」
お客さんが驚いて声を上げた。客席からどっと笑いが起こる。今度はあの人のサングラスをとっていたのだ。礼司は飄々としながら演技を続ける。
「すみませんでした。僕はサングラスにも好かれているようですね。こちらもお返しします。」
そう言って,サングラスを畳むと、彼の胸ポケットに戻した。
「カード当てをするので,一枚選んでいただけますか?」
そう言って彼の隣に立ってカードを広げ、彼の顔の前にファンしたカードを近づける。視界がカードで塞がれている隙に彼のポケットから今度は財布をみんなの見える前で抜き取った。また笑いが起こったが、あの人はなぜ笑いが起こったか気づいていない様子だった。
彼がカードを選ぶと、カードに名前を書くように指示した。「ひろし」と書かれたダイヤの6を観客に見せると、そのカードをカードケースに入れるよう指示した。しかし、カードケースがない。
「すみません、僕のカードケースはひろしさんの事を気に入っているようですね。胸のポケットから取ってください。」
「えーっ!!!」
ひろしさんも、観客も驚きながらまた笑いが起こった。ひろしさんから受け取ったダイヤの6を折りたたんで箱の中に入れた。今度はカードケースをテーブルの上に置いた。
「もう勝手に動かさないでくださいね。」
小さく笑いを取りながら、サングラスを取り出して掛ける。
「うそっ!」
大爆笑が起こった。既にポケットにあったのがサングラスではなかったことに気が付いていた人もいたようだが、それがじわじわ来ていたようだ。サングラスをひろしさんに返した。
「では、今からこのカードを当てたいと思います。サインしてもらったので、すり替えはできないですよね。複製も不可能です。あ、そうそう、こちらも忘れていました。」
そう言って、財布を取り出した。
「中身がちゃんと抜き取られていないか、あるか確認してください。」
そう言って手渡し、ひろしさんが、財布の中身を確認した。すると、
「あっ!!!マジか!!」
そう言って、お札入れからサインされたダイヤの6を取り出した。
「これで僕のマジックは以上です。ありがとうございました。」
そう言うと、ひろしさんと熱い握手を交わした。盛大な拍手の中で、礼司は彼を客席までリードして改めてステージまで戻り退場した。
客席は一気に興奮状態になってしまった。