【創作】「星舞う夜に」
その夜、この土地にしてはあまりにも綺麗な星空だった
何十年とこの土地を踏み、空を見上げた夜は数えきれないほどで、それをもってしても、こんな夜空は初めてだった。
さっきの接待の酒が抜けてないのかもしれない、コンビニの水を口に含んで近くの公園の椅子に座って一度地面に目を向ける。公園の電灯が自分の影を際立たせ、足元は真っ暗になっている。
風が強まり、葉が足元を飛んでいく
首が座ってないような力のない状態で頭をグイっと後ろに下げて、空を見上げた。首元を風がかすめて肌寒さが増す。
周りにはまだ明るいビルが建ち並んでいる
そんなビルの明かりにも公園の電灯にも負けない光から目を離せなかった。
目を離せないのは星の光なんて見慣れないものゆえの物珍しさか、好奇心か。じっと、ただ一心に空を見上げていた。
頭が、意識がぼうっと遠のくのを感じる。それでも星空から目を離すことができない。足は地面についたまま、微量の「家に帰ろう」という意思を乗せることができない。
寒さの中でいつの間にか、5分くらい目を瞑っていた。
この寒さの中で寝ることへの危なさを覚え始めたころ、駅の方が賑やかなことに気が付いた。
中途半端に開いた水の蓋を閉めなおして音のなる方へゆっくりと足を進めた。
若い男性が2人、ギターを一生懸命に弾く子とマイクを握って周りに笑顔を向けながら歌う子の2人組だった。
「ありがとうございました!次の曲は、、」
決して多いわけではない見物に交ざりながら聞いていると、どうやら彼らはカバーバンドらしくリクエストをもらいつつ色んなジャンルの曲を歌っていた。
見物は彼らの友達も多いのか、あまり聞いたことのない曲がたくさんリクエストされていた。
時計を見ると23時、もういい時間だ。そろそろ、と彼らに背を向けた。
改札を通り、駅のホームで電車を待ちながらぼんやりとスマホを眺めていた。
通知欄にはニュースアプリの通知と後輩からの事務連絡
それを開くことなく、検索アプリに指を乗せる。
さっきの、なんていったっけ、タイトルもアーティストも覚えていない。何とか聞き取れていたおぼろげな記憶、歌詞で検索をかける
仕事に関係すること以外で検索するのは何年ぶりだろうか、少し心が浮ついている。
ここ2,3年の曲が多いのか、知らなくて当たり前だなとか何とか呟きながら画面をスクロールしている内に強風が前髪を揺らし、警笛が鳴り響いた。
一瞬スマホから目を離し、電車に乗り込んで空いている席に座る。腰を落としてすぐに検索を続けようとしたが電車に揺られている内に瞼が落ち、画面の文字を上手く捉えられず、最寄り駅まで眠りについてしまった。
ふんふん、と聴きたての歌を鼻歌交じりに分かる部分だけ口ずさみながら家に向かっていく
チカチカと光る、いつまで経っても交換されない、切れかけの電灯の下を歩きながら。
家の鍵を開け、電気をつけて、そういえば今夜は星空が綺麗だったことを思い出した。
あの景色をもう一度、そう思って窓から少し顔を出して空を見上げる。
なんてことはない、いつも通りの真っ暗な都会の夜空。小さく飛行機の飛ぶのが見えるだけで、数十分前の感動は夢だったのかとさえ思わされる。
アラームをかけようとスマホを開く。検索アプリが開きっぱなしになっている、さっき調べた歌詞、アーティスト名のタブがずらっと並んでいる。夢じゃなかったよな、なんて何かのキャラクターのような気持ちになったと同時に、駅前の彼らのことを思い出した。若く爽やかな声と笑顔は、自分も何かできるんじゃないかという気分にさせられる。
曲名で検索し、動画投稿サイトを見ていると、やはり若い子が多いが、自分とさほど年齢の変わらない方が弾き語り専門のチャンネルで動画をアップロードしていたりもする。チャンネルページを見てみると、先ほど路上で聴いたような曲もあれば、世代がうかがえる選曲も多数あり、その姿を自分の学生時代と重ねてしまう。
流行りと憧れに熱され、小遣いとバイト代で買ったギターと楽譜
休みの日には友達と楽譜の書き起こしに挑戦して、音楽経験のない自分たちだからいつまで経っても楽譜は完成しなくて、
最後にはギターを弾くことすらやめて、ジャケットのアーティストのポーズを真似してげらげら笑いあっていた。
実家から出て一人暮らしをする時に荷物が多くなるから、と置いてきてしまったそれらは「お父さんの老後の趣味になるかもね~」なんて母に言われていた
懐かしい、音楽番組の動画を見つける。もう何十年も前の、色褪せていた、止まっていた記憶が頭の中を巡っていく。気づけば手が動いていた、指の動きなんてバラバラなんだろうけど、画面の中の憧れだった人と、昔の俺と、今の俺で気持ちよく演奏をしている気分だった。
昨晩は気分が高揚したまま布団に入り、身支度をして家を出るこの今までギターの音が頭から離れなかった。
久しぶりに本当に弾いてみようか、いや思い出を崩すのは、、そんなことを考えながら後輩に連絡を返す。文章を打っている途中で、近くに住む母から着信があった。
もしかして、これはそういう運命だったのかもしれない。馬鹿馬鹿しい、けどその馬鹿馬鹿しさこそ、懐かしくて心地いい
「もしもし」
「もしもし~、仕事前にごめんねぇ。今度の休みに庭の手入れ手伝ってほしいのよ~」
「いいよ。母さん、あのさぁ俺の」
「あっ、昔置いてったギター!近所のお孫さんが音楽好きらしくて、譲ったわよ!もう全然触ってなかったんだし、いいわよね?」
「あ…」
「ん?もしもーし!」
「もしもし、ギターね、分かった。」
「うんうん、じゃあ今度の休みに!よろしくね、何も持ってこなくていいからね!」
こちらが返事を言い切る前に、切られた電話
スマートフォンにはチャット画面の上に、ニュースアプリの曇りのち雨の予報の通知が映っていた。
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