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シェアハウス創業物語 EP1 「リバ邸との出会い」

5年前の夏。
大型シェアハウスの管理人を辞めた25歳の僕は、当時お付き合いしていた彼女と葛飾区にある個室のシェアハウスで半同棲生活を送っていた。

しかし、付き合って1年が経とうとしていたそんな夏の日、ふとしたことがきっかけで彼女と口論になり、話し合いの末お別れすることになった。
半同棲を始めてまだ3ヶ月。
翌日は一緒に近所の花火大会に行く予定だった。

次の日、恐ろしいほどのスピード感で彼女の私物がなくなってしまった部屋から傷心モードで出られずにいると、外から花火の音が聞こえてきた。

『ヒューーーーーーパァン、パラパラパラ』
次から次と打ち上げられる花火の音ひとつひとつが的確に僕の心を撃ち抜き、傷口を広げていく。

この日の為に買っておいたジンベイは部屋の片隅で花火の光を浴びながらゆらゆらと揺れている。
僕は窓とカーテンを閉めた。ため息も出ない。
絶望感と虚無感が交互に押し寄せてきて、今がどっちのターンなのかすらわからなくなっていた。

「ダメだ。キツすぎる。」

当時、半同棲生活を送っていた個室のシェアハウスは家具家電が備え付けられていて家賃もそこそこ安く、部屋は狭いながらも内装は綺麗だった。

ただリビングがなかったせいか、同じシェアハウスの住人とは玄関や廊下ですれ違った時に挨拶する程度の関わりしかなく、皆んな関わることを極力避けているような空気感が漂っていた。
キッチンとシャワールームとトイレが共同の新築のアパートを無理矢理「シェアハウス」と名付けたようなところで、入居する前に想像していた住人同士の交流はほとんどなかった。

「このままここにいたくないなぁ…。」

3ヶ月とはいえ住んでいた街にも思い出が染み付いていたから、この場所に居続けていてはしばらくのあいだ鬱々とした日々を過ごすことになる。

僕は思い切って引っ越しをすることに決めた。
〈人生を変えるには住環境を変えるのが1番手っ取り早い〉と何かの本に書いてあったし、それまでの人生もそうしてきた。だから、どうしてもしんどい時には環境を変え、新しい人間関係を築いてみるという選択は僕にとって自然な流れだった。

とりあえず都内のシェアハウスを検索してみることにした。
今とは真逆の、交流のあるところが理想だ。
こんな時、同世代の誰かとお酒でも飲みながら語り合えたら少しは気が楽になるかもしれない。
ただシェアハウス選びにはある程度ガチャ的な要素があることも心得ていた。
立地や家賃の安さだけで選んではいけない。
そこに住んでいる人たちの雰囲気が自分に合うかどうか、が何よりも大切である。

そんなことを考えながらTwitterで探していると、隣の墨田区の錦糸町という街に「リバ邸とらくれす」というシェアハウスがあることを知った。
錦糸町という街の存在は知っていたけど行ったことはなく、経験したことのないドミトリー(相部屋)という点は少し気になったものの、過去の投稿を遡っていくつか覗いてみると同世代っぽい男女が楽しそうに暮らしていて興味が湧いた。
そこにいる人たち皆んなが気取らずに、自然体で暮らしているように見えた。
ここぞとばかりにオシャレな雰囲気をパシャリと切り取っただけの味気ない投稿ではなく、むしろ人間味しか感じない写真の数々。
等身大な日常の光景をありのまま投稿しているスタンスがかえって安心できたし、なんだかコミュニティとして信頼できるような気がした。
映えてはないけど、愛はありそうな実家感。
オーナーの人も同世代に見えた。

しかも、最新の投稿を見てみると3分前。
僕はすぐに簡単な自己紹介と内見したい旨をまとめてDMを送ってみることにした。

すると、すぐに「内見ぜひ!いつがいいですか?」と返信がきた。

時刻は20時を回っていた。
居ても立っても居られなかった僕は非常識と思われるかもしれないと思いつつも、持ち前の衝動性と窓を閉めても未だ微かに聞こえてくる花火の音に背中を押される形で、いきなり「今から行ってもいいですか?笑」と送ってみた。
非常識は自覚していますという意味の「笑」だ。

すると、またすぐに「いいですよ!笑」と返信。

これはノリが合うかもしれない。

住所を聞き、到着時間を伝えて、部屋を飛び出した。
近くには荒川があり、想像の3倍は長くて暗い橋を渡り切ると墨田区に入る。そこからスカイツリーを過ぎてしばらく一直線に南下すると錦糸町だ。

自転車にまたがり、颯爽と漕ぎ出す。
降り出した雨がぴちぴちと顔に当たった。
強烈な向かい風を受けながら、半開きの目で四ツ木橋を渡っているとき、太ももの疲労と反比例して気持ちが軽くなってきていることに気付いた。

近所に友達がいるわけでもなく、彼女と別れた直後でシンプルに寂しいということもあり、同世代の人たちとの交流に飢えていた当時の僕にとって「リバ邸とらくれす」は、まるで東京砂漠にあるオアシスのように思えていた。

「なにか面白い出会いがある気がするな。」

そんな期待を胸に、花火大会から帰る人たちの波を避けるようにゼェゼェと30分ほど漕いだ。
途中、立ち漕ぎをした瞬間に足を滑らせサドルに股間をクリティカルヒットしてしまい、伝えていた時間より5分ほど遅れてしまった。
休憩している間、やっぱりもう帰ろうかなと真剣に考えるくらい激しめに悶絶したが、なんとか言われた住所のマンションの前まで到着することができた。

そこには2人の男の人が立っていて、その内の1人は片手に缶チューハイを持っていた。
数十分前にTwitterで見た顔だ。
同い年くらいに見えるオーナーさんもいる。

「あのぅ〜、こんばんわ〜…!」と声を掛ける。
「あ、どもども〜、カレラさんですか?」
「はい、そうです!」

伝えたいと思うほど股間は痛むが、いきなりやってきていきなり股間が痛いですとは言えない。
伝えるにしても、今ではない。
とりあえずシェアハウスはそのマンションの6階にあるということなので案内してもらった。

玄関のドアが開いた瞬間、奥の方から男女の笑い声が聞こえてきた。
リビングに通してもらうと、そこにはまさについさっきTwitterで見た顔ぶれの人たちが5人ほどいて、仲良さそうにワイワイ談笑している。

オアシスは確かに存在したようだ。

「はじめまして、こんばんわ!突然すみません。カレラと言います!よろしくお願いします…!」

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この世に正負の法則があるならば、彼女と別れた絶望的な悲しみと股間を激烈に痛めた苦しみの直後には、何か特別な良いことがあるに違いない。

その予感は的中することになる。
僕はこの日、後に一緒にシェアハウスを経営する相棒の「とおるちゃん」と出会うのであった。

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(EP2へつづく)


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