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わたしに光をくれた、天使のおじちゃん / 佐々木昭一郎監督
「それはなんの楽器?バイオリン?」
いやいや、いくらなんでもバイオリンて! おじちゃんたら、お話ししたいのかしら……。
「ギターですよ〜」
2010年の冬だったか、あの日、私はとても疲れていた。
離婚に向けて夫と別居していた時期。平行線のやりとりに疲れ果てていた頃だった。それでも笑顔で歌って、楽器を担いでエネルギーゼロの帰り道。
少し自分を労わろうと、新宿と江ノ島を結ぶ特急ロマンスカーの切符を買って、電車に乗った。だから話しかけられた時は、「寝たいのにぃ…」というのが本音だった。でも、気のいいそのおじちゃんと話していたら、いつの間にかドロドロしたものが浄化されてすっかり元気に話が弾んでしまった。
「ボサノヴァか。いいよねイパネマの娘」
そういってメロディをふんふんとハミングする。
「僕ね、いま映画を撮ってるんですよ。今日のロケで昔ながらの製法で作ったお塩をもらったの。君にもあげましょう。美味しいよ」
「いいんですか? ありがとうございます、すごいですね映画」
(そういうご趣味なのかな…)
いやーさすがに疲れたな、と言って深く座りなおしたおじちゃんは私に言った。
「ああそうだ、その映画出ない? 嫌? まぁ見るだけでもいいじゃない。いらっしゃいよ。明日は? 明後日は? よし、スタッフに連絡させるね。これ名刺です、よろしくね」
私の名刺を受け取って軽やかに電車を降りていくのを、なかば茫然としながら見送った。
えーっ?? 怪しいのだったりしない? 大丈夫? 売り飛ばされない?
ロマンスカーの中でひとり、もらった名刺の、その名前を検索したのだった。
撮影現場では、同じようにスカウトされた方々が右往左往していて、スタッフさんたちは突如増える出演者にバタバタしながらも丁寧に対応してくださった。どうやら、そういう作風のひとらしい。2日前、それはバイオリンかと聞いてきた、あのおじちゃんは監督として多勢を率いていた。
撮影は夜中まで続き、私はスタッフの方が用意してくださったホテルに泊まって次の日に帰宅した。数日前知り合った、3秒の出番の人間に、なんという高待遇。パワフルさと気迫さ、あの夜の撮影の空気は今でも思い出せる。もっとも、私がめちゃくちゃ緊張していたから張り詰めて感じたのかもしれないけれど……。
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撮影から公開までは4年ほどかかっただろうか。途中で東北の震災が起こり、撮影が止まってしまったためだった。
「(時間がかかったり等で)みんなに恨まれたと思うよ〜!あはは、謝罪会見だねこりゃ」
そんな風に、公開時の記念イベントで豪快に笑っていたけれど、「なかなか気持ちが前向きにならなくてね。もう少し待ってね」といったようなメールをもらっていたから、本当はとても繊細で妥協のないひとだったのだと思う。
佐々木昭一郎さん。
NHKのラジオや映像のドラマを作ったディレクター、映像作家。最初で最後の映画作品「ミンヨン〜倍音の法則〜」で、私を"かれん"というギタリストの役でワンシーン出演させてくれた、明るいおじちゃん。
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左は、私と同じく召喚された(笑)音響学の学者さん役で出演された船橋フィルのオーボエ奏者、綿井さん(終わるまで本当に学者さんだと思ってました。笑)
昨年、あの電車でのことを少しエッセイに書いた。(「それはなんの楽器?」をみてね) 本を送ったら「読んだよ、嬉しいよ! 大変だったんだね、これからも頑張ってね!」と、相変わらずのテンション高めのかわいいメール。おうち近いし会いましょうよと書いたけれど、やりとりの中でそれは叶わないような気がしていた。
でもまさか、早いじゃない。100歳くらいまでプールで泳いでいそうなのに。
監督の残した作品にも、色々な方々が撮ったり書いたりした作品の中にも、魂は生き続けている。
私のご縁は本当にひとときだったけれど、エッセイやこの投稿も、彼の人柄の、生き様の、伝わる小さなカケラの1つになったならいいなと願う。
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映画の公開から10年たったんだね。
あの時、疲れ果てて闇にいた私に光をくれた天使のおじちゃんは、本当に天使になっちゃった。向こうでも、色んなひとを照らしてるかな。
監督、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
でも私が担いでたの、ギターって本当はちゃんと知ってましたよね?
ワンシーンのギタリスト
かれん より
2014年の投稿。
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