彼のオートバイ、彼女のバイク便
「ダブルスタンダード」
もう30年以上前になるが、社会人になる前に、一時期アルバイトでバイク便をしていた時期がある。
仕事は歩合制。バイクは自前の持込と、社用賃貸が選べ、持込だと歩合率が高かった。
まだバブル華やかだった時代。積荷は基本的にATMのパーツだった。ATMは故障が頻発するが、現場に行かないと原因が分からない。先ずはエンジニアが現場に入り、原因を特定。その指示で小さいパーツを運ぶのだが、車だと都市部は渋滞でストップしてしまう。銀行側は一刻も早く修理したいから、渋滞路をすり抜けパーツを届けて欲しい。だから、バイク便。そして、速い奴は回転が上がるので給料も上がる。会社側もそう言うヤツを重宝する。お互いウインウインと言う訳だ。
実際、電話で連絡が入ると、エンジンを掛けて、サーキットのスタート同然。ヤツらは、時に競い合い、猛烈な勢いで走っていく。武勇伝も数々。御堂筋の信号は、北から南まで全部青になる様に設定されているのだが、昼間の渋滞した御堂筋で「180km/h出せねー」とか笑いながら言ってくる。車との間がわずか1.5m程度の隙間で170km/h以上で走っている訳だ。もう正気の沙汰とは思えない。
ここに大きな落とし穴がある。速い。渋滞をすり抜ける。当然、交通ルール違反をしないと成り立たない。速いヤツほど、事故を起こす。入院もするし、修理代も、掛かる。
罰金も払うし、免許も停止だ。俺が在籍していた3ヶ月の間にも4-5人が事故を起こしていた。そして辞めて、新しいヤツが入ってくる。所詮バイト。使い捨てとしか考えていない。
そんな戦場の様な業界に、割と常識的な走り方をしていた俺は当然ついていけず。会社も急ぎの仕事より、余裕がある仕事(=稼げない)を回す様になる。レオタード の試作品を運んだりもしてたかな。
社長が朝礼で「交通ルールを守り、安全運転してください。」と真顔で言う。完全なダブルスタンダード。そして、これが大人社会なんだと、若者はひとつ階段を上った。
俺は、ほどなく、バイク便を辞めて、大学に戻った。