【連載小説】「 氷のプロンプト 」第7話
(本文・第7話)
AIは沈黙してた。
いつも休まず淡々と動き続けてたのに。突然の黙りこみである。
必然的に顧客からのチャット問い合わせにも、待機時間が積もっていく一方であった。
「おらあー、さっさと手を動かさんかーい!」
半狂乱の利成が怒号を飛ばす。顔を真っ赤にしながら、フロア中をいったりきたり歩きまわっている。
総務、営業、経理、人事の部署も駆りだされ、社員総出のサポート応対。マニュアルを見ながら応対するも慣れない作業。とっさの付け焼き刃ではどうにもならない。
飛び交う罵声は、もはや無法地帯と化してた。少人数で何とか応対するもの、大半がAI頼りだったため、どうにもならない。
プルルルルッ!
早速、パーフェクト市場からの電話着信が鳴る。
「はっ、はい」
怯えたような声で電話をとる利成。
「お世話になります。パーフェクト市場の樋口です。大須賀さん、全然応対出来てないみたいですね」
「すいません。社員総出で大至急対応させてます」
体が思わず縮みあがる。
「お客様の信頼を失うのは弊社なんですよ。この辺りはご理解されてますか?」
百獣の王の如く咆哮する樋口邦彦。
「それが、システムとTalkMTCの連携が、急に出来なくなってしまって」
泣きじゃくるように言う利成。
「他のパートナー企業さんもTalkMTCとの連携をしてますけど、問題なく応対できてますよ。御社だけですよ応対が出来ていないの」
「すいません。すいません」
「謝るのは後で構いませんから、とにかく応対数増やしてください!」
ガチャ!
利成の目線は四方八方とおさまらない。何をどうしてよいのか分からなかった。
(そう言えば井上の姿がまだ見当たらない)
10コール目、ようやく井上は電話に出た。
「おまえ、なに無断欠勤してんだよ!今、なにしてるんだ?」
開口一番喚きちらす。
「クレーンゲームで、大きなぬいぐるみ取っていたところだけど」
いつものおどおどした態度とは一変し、淡々とした口調で話す井上。
「はっ?井上、おまえ何を言っているんだ」
突拍子のない台詞に面食らう利成。
「俺が遅くまで残って仕事してる時、あんた何してた。俺の気持ちが分かるのか?」
その声には怒りが籠もっていた。
「井上」
「 …… 」
「そうか、おまえも悦香ちゃん狙っていたのか。そりゃ悪いことしたな。ワッハッハ!」
利成が大笑いしながら答える。
2秒ほど止まる時間。
「 …… あんた、とことん救えねえな」
震える声には怒りを通りこし悲壮感すら漂っていた。
「えっ?」
「退職代行に資料請求するよ。もう金輪際会うこともないだろうよ。じゃあな」
ツー、ツー、ツー
「おい井上」
「いのうえぇっー!」
ツー、ツー、ツー
昨日までは問題なく動いていた。システムの更新もされた形跡は無い。こうなれば、井上の言っていた「TalkMTCのAPI」とやらが停止されている可能性が高い。
利成は、焦燥感に満ちた目でパソコン画面を睨みつづけ、一心不乱にマウスを動かし続ける。
MiracleAIの連絡先を見つけるために。
(どこだどこだ、何で無いんだよ)
呼吸は荒く、体全体が小刻みに震えてた。
公式サイトをぱっと見た感じでは、連絡先が見当たらない。そもそもAPIはトークン単位で課金されるものだ。それを考えたら、連絡先ぐらいは予め調べておくべきだった。
ようやくヘルプらしきページの下部に、チャットによる問い合わせ欄が見つかる。とはいえ、破竹の勢いで進化しているTalkMTC。MiracleAIには、色々な問い合わせが世界中から殺到しているはずである。一秒を争うのに、これではとてもじゃないが間に合わない。そう脳裏によぎった瞬間、机に手を叩きつける。
「ちきしょー!」
腹の底から雄叫びをあげたが、過去に戻る術は無かった。
(つづく)