めがねぇ

ある遅い晩のこと。
 人通りがほぼ無く、暗く薄気味悪い路地にて。
「あぁ~飲み過ぎて終電逃しちまった。まぁいっか、明日休みだし。どっか泊まる場所でも探すかぁ~」
 顔を赤らめながらフラフラと歩くのは、一人の酔っ払い男。
「もしもし、そこの殿方。宜しければ今晩ご一緒しませんこと?」
 そんな男を呼び止めるのは、背後から聞こえる鈴の音のような女の声。
「ん? ヒック......おぉ! えらい別嬪さんじゃねぇかぁ! 俺ァあんたみたいな姉ぇちゃんに目が無ぇんだ!」
 男が振り返ると、そこには紫色の濃いレンズの眼鏡をかけた、身の丈2メートルはあろうかという大柄な女。
 長い黒髪は闇夜に棚引き、彼女の身を覆う白い肌、そして身に纏うぴっちりとした白いワンピースとの対比が美しい。
 おまけにそのワンピースは、胸元の豊かな丘とボディラインの曲線美を目立たせていた。
 暗闇と色眼鏡のせいで目元は良く見えないものの、相当な美女である事が窺える。
「ふふふ、正直な殿方ですこと」
「ところで姉ぇちゃん、名前なんて言うんだ?」
「名前……ですか。そうですねぇ。私、他の人達からはメガ姉ぇと呼ばれていますのよ」
「メガ姉ぇかぁ、確かに色々とメガサイズだよなぁ」
 男は露骨なイヤらしい目線でジロジロと、メガ姉ぇと名乗る女の体を見回す。
「もう、恥ずかしいですわ」
 しかしメガ姉ぇは気味悪がるどころか、頬を赤らめながらも、どこか嬉しそうな様子であった。
「へへへ、いい反応すんじゃねぇかメガ姉ぇちゃん。それで、今晩何処へ連れて行ってくれるんだい?」
 男がニヤニヤしながら問いかける。
「それはぁ、ひ、み、つ、ですわぁ」
 するとメガ姉ぇは、艶かしくもぷっくりとした紅い唇から甘い吐息を吐きながら、男の耳元で囁いた。
「ウッヒョー!! 最高だねぇ!! じゃあ早速連れてってくれぃ!! 俺は早くあんたとお楽しみしてぇんだよぉ!!!」
 興奮した男はルンルン気分で、メガ姉ぇと腕を組みながら真夜中の路地を歩む。
 辿り着いた先は、何やらピンク色の照明が目立つ異様な建物であった。
「おぉ、ラブホかぁ! いいねぇ、わかってるねぇ! おじさん物分かりがいい子は大好きだよぉ!」
「うふふ、喜んで頂けて何よりですわ」
 二人は早速、ホテルの中へと入っていった。
 
 薄暗い部屋の中。
 メガ姉ぇは身に纏うワンピースを脱ぎ、一糸纏わぬ姿となってみせる。
 白い肌に覆われた極上の女体を前に、男の視線は完全に釘付けとなっていた。
「うふふ、今夜は寝かしませんわよ......」
「あ、ああ! 今夜一晩宜しく頼むぜ!!」
 メガ姉ぇが男をベッドに押し倒し、いよいよお楽しみの時間に入ろうと言うところで、男はあることに引っ掛かりを覚えた。
 このメガ姉ぇという女、服は平然と脱ぐ一方で、眼鏡だけは一切外そうとしないのである。
「なぁ、一つ聞きたいんだけど、君ってなんで眼鏡外さないんだい?」
「え? 眼鏡を外して欲しいん.....ですか?」
「うん、俺は君の素顔を一度でも良いからお目にかかりたいんだ」
「あ、貴方がどうしても見たいと言うのでしたら......」
 メガ姉ぇは顔を赤らめ恥じらいながら、恐る恐る眼鏡を外してみせる。
 心無しか男の目には、メガ姉ぇが服を脱いだ時よりも恥ずかしがっている様に見えた。
「これで......どうですか.....?」
 メガ姉ぇが眼鏡を外したその時、先程まで興奮状態であった男の体から、見る見るうちに血の気が引いていった。
 何故ならば......本来そこにあるはずの二つのものが無かったのだから。
「目が......無ぇ......」
 そう、目が無いのである。
「化け物だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 恐怖で完全に酔いが醒めた男はメガ姉ぇを突き飛ばし、さっさと着替えて必死の形相でその場から脱兎の如く逃げ出した。

「ハァ...... ハァ...... ハァ...... 、何処かに逃げられる場所は......」
 暗い夜道を男は走る。
 あの化け物から逃げられるような、安全な場所を探しながら。
「あった! よかった! コンビニだ!!」 
 男は、早速コンビニの中へと駆け込んだ。
「いらっしゃいませー」
「た、助けてくれ! 化け物だ! 化け物が襲って来る!! 匿ってくれぇ!!!」
 男は早速、レジの店員に助けを求める。
 だが、こちらを向いた店員は見覚えのある眼鏡をかけていた。
 その瞬間、男は背筋にぞわりと寒気を覚える。
「化け物、ですか。ひょっとしてその化け物って、こんな眼鏡をかけてて、こんな顔をしていませんでしたか?」
 店員が例の眼鏡を外すと、そこには見覚えのある目の無い顔がこんにちは。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 男は半泣きになりながら、慌てて店から逃げ出そうとする。
 しかし店から出ようとした途端、何者かにぶつかってしまった。
「痛ててて......ったく誰だよこんな大変な時に!」
 男はぶつかった相手を怒鳴りつけようと顔を見上げるが......。
「全くもう、探しましたよ。貴方ったら急に逃げ出すんですもの......」
 そこに立っていたのは、まさに今一番会いたくない相手。
そう、件の目が無い化け物女__メガ姉ぇであった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 男はその場で倒れ、泡を吹きながら完全に意識を手放した。
 その後、男がどうなったのかは、誰も知らない。


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