吸血鬼と火車
ある所に、吸血鬼のアルカード・スカーレットという者がいた。
透き通るような長い銀髪をした色白の美女で、彼女は夜な夜な人間を襲ってその生き血を啜っていた。
彼女の思想は人間の生き血は心の清らかさに影響するというものであり、それ故に彼女が好物とするのは人間の中でも善人の生き血である。
悪人の血というものは彼女にとっては生臭くて耐えられない代物であり、それ故に彼女は人間が全員善人なら良かったのに、と思っていた。
一方で、妖怪・火車の猫沢 焔という者もいた。
長い黒髪と真紅の瞳、そして頭から生えた猫耳が特徴的な少女の容姿をしており、彼女は夜な夜な悪行を重ねた人間を呪い殺して自らの食料としていた。
彼女は兎に角心も体も腐って柔らかくなった人間の死体___つまりは悪人の死体を好んでいた。
善人の死体は彼女にとって硬くて食べられた物ではなかったため、それ故に彼女は人間が全員悪人なら良かったのに、と思っていた。
共に人間を獲物とする妖怪同士だが、今までは好みが善人か悪人かで住み分けが出来ていた。
しかしある時、どういう訳か獲物が被ってしまうという事態が起こってしまった。
「ちょっとどういうこと? なぜ貴女のような悪人ばっかり好んでる趣味悪い陰湿猫が立樹の隣にいる訳!?」
「それはこっちのセリフですわ!何故貴女のような善人を好んでおられるお高く留まった堅物吸血鬼が立樹様の隣にいるんですの!?」
二体の妖怪は一人の何の変哲もない男子高校生の両腕を掴んで睨み合っていた。
獲物の名前は中川 立樹。
彼は善人でも悪人でもない普通の男子高校生であり、決められたルールは守る一方で、誰か一人はやってしまったこともある悪さもしたことがある人間であった。
さて、この二体が何故この男子高校生に絡むのかというと…。
「立樹は私がこの手で善の道に導いてあげるんだから! わかったらさっさとその薄汚い手を放しなさいよ泥棒猫!」
「やれやれそのような世迷言を…。立樹様は私がこの手で悪の道へと誘って差し上げるのですわ! お分かりになりまして?」
「お前らもういい加減にしろ! なんで俺がお前らに生き方を指図されなきゃいけないんだよ!!」
業を煮やしたのか、いままで黙っていた立樹が怒鳴り、二体の腕を無理やり振りほどき、その場から走り去ってしまった。
「「キャッ」」
二体の妖怪はその場で尻餅を付いて、お互いにその場で睨み合った。
「全く…あんたのせいよこの性悪猫!あんたのせいで立樹が逃げちゃったじゃない!」
「それはこちらのセリフですわ!堅物吸血鬼の分際でこの私の邪魔をしようなど百年早いのですわ!」
「何よ!」
「何ですって!」
ついに二体の妖怪の喧嘩が始まってしまった。
アルカードは手に持ったトライデントで焔に襲い掛かり、焔は手に炎の玉を纏いアルカードを迎え撃った。
それから数時間たっただろうか。
両者の喧嘩は___引き分けに終わった。
「ハァ…ハァ…、性悪猫にしては中々やるじゃない。あんたの力正直見くびっていたわ。」
「やはり伊達に吸血鬼をやってらっしゃらないのですね…。貴女のその力には正直感服いたしましたわ。」
二体は満身創痍といった状態でその場に向かい合っていた。
「だけど勝負はまだこれからよ! これからはどっちが早く立樹を理想の獲物にするか勝負にしましょう!」
「ええ、望むところですわ。必ずや立樹様を悪の道へと引きずりおろして差し上げますわ!」
アルカードと焔はその場でまたの勝負の約束をして、その場を立ち去った。