甘党女王と人型クッキー

昔々、ある所にグール王国という名の国があったそうな。
その国の頂点に君臨するは、齢十八のそれはそれは美しい女王。
彼女の名はベルゼバブ・フォン・グール一世。
夜に煌めく銀色の髪と深紅の瞳、透き通る白い肌と人形の様な顔立ちは見る人々を魅了する程の美しさを湛えている。
だがベルゼバブは決して国民や家臣達から全く慕われていないどころか、むしろ非常に憎まれていた。
何故ならば彼女は非常に我儘で、国中のお菓子と菓子作り職人達を独占し城へ連れ去って行った元凶であったから。

そんな彼女の食卓には、今日も様々なお菓子の数々が並べられている。
紅く透き通ったイチゴのゼリー、甘く何処かほろ苦い香りと味わいのチョコレートのケーキ、見た目も食感もひんやりとしたアイスクリーム、そしてカラフルでポップなキャンディー……。
前菜やメインディッシュなんてものは一切存在しない食卓は、イチゴやチョコレート、砂糖等の甘い香りに包まれていた。
「うむ、やはりこの世で最も至高な料理はスイーツ、つまりはお菓子じゃなぁ。その至高さと言ったら他の料理の追随を許さぬ程じゃ。ぷるんとした食感の中に、イチゴの甘さが冴え渡るゼリーに、甘いだけでなくほろ苦いカカオの味わいも感じられるチョコレートケーキ、そして食べた瞬間ひんやりと冴え渡るアイスクリーム! どれも至高の逸品じゃ! 妾だけがお菓子を食べる事が出来れば良いのじゃ!!」
今宵も彼女は菓子職人達に無理矢理作らせたお菓子に舌鼓を打ちながら、食卓に並べられた菓子達を食い漁る。
だが、今日は食事の邪魔が入った。

ガッシャーン

「何? いい加減にお菓子を独占のは辞めろじゃと? お主、この国で一番偉い妾に指図するとは巫山戯ておるのか?」
破片が刺さり紅いソースで濡れた壁と、粉々に割れて床に落ちた皿。
食事を邪魔され、この世の全ての恨みが込められた様な形相で食事の邪魔をした者__召使いを睨め付けるベルゼバブ。
召使いは割れた皿と血のようなソースで紅く濡れた壁、そして睨め付けてくる彼女を見て怯えていたが、無謀にも女王にそれとなく意見を試みた。
「ひっ……! あの……差し出がましい様ですが、どうかお考えを改めてみては如何でしょうか……? この国の民は甘い物に飢えております故、このままではいつその不満が爆発するか……」
しかしそんな意見は、ベルゼバブにとっては馬の耳に念仏であった。
「ええい煩い!! 大体お菓子が無いならば、パンを食べれば良いではないか!? 何故妾が下らぬ民などの為にお菓子を我慢せねばならぬのじゃ!? 衛兵!! こやつを死刑にせい!!」
女王の命令で現れた衛兵により、呆気なくその召使いはその場で取り押さえられた。
「うわあっ! ど、どうかお許しくださいませ陛下!!」
ガクガクと震えながら許しを乞う召使い。
当然、食事の邪魔をされたベルゼバブは許すはずもなく。
「許す訳あるか!! 貴様には妾の食事を邪魔した責任取ってもらうのじゃ、拒否権など無い!!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
召使いはそのまま処刑場へと運ばれて行った。
「ふぅ。さて、余計な邪魔が入った。食事を続けるとするかのう」
今度はカラフルなキャンディーを串刺しにすると、それをラズベリーソースの中に突っ込んでから、自身の薔薇のような紅い唇の中に放り込み、舌の中で転がしながら味わう。
「やはり至高の味というのは、甘味の事じゃなぁ。特にこのキャンディーは、妾のお気に入りじゃ。これを舐めている間は、口の中に甘味が広がって嫌な事を綺麗さっぱり忘れる事が出来るからのう」
ベルゼバブは恍惚とした表情でキャンディーを舐めながら、先程の不愉快な出来事を頭の中から綺麗さっぱりと消し去った。
この様にベルゼバブは来る日も来る日も、彼女に意見する家臣達を処刑し、菓子職人達を無理やり働かせ、お菓子を食卓に並べては享楽に耽るのであった。
しかし、そんな日々も長くは続く訳が無く……。

ある日、ベルゼバブの前にマントに身を覆った一人の老婆が現れた。
「なんじゃお主は? まさかまた妾に下らぬ忠告をしに来たというのか?」
女王が怪訝な顔を浮かべながら老婆に尋ねる。
「いえいえ、そういうのでは無いのですよ。ただ、貴女様の為に至高の甘味を用意しようと思いましてね。そろそろ菓子職人達のスイーツにも飽きてきた頃でしょう?」
「そ、それは真か!?」
老婆の言葉に、ベルゼバブは目を輝かせて玉座から立ち上がる。
「はい、その通りですとも。ですが楽しみは最後まで取っておくべきです。ですので、ここで目隠しをさせて頂きますよ?」
老婆は懐から黒い布を取り出すと、ベルゼバブの目に巻き付けた。

「ん……、ここは一体どこじゃ? なんだか上手く体を動かせないのじゃが……」
「さて、至高の甘味は目の前ですよ女王陛下。今、目隠しを取りますね」
その老婆の言葉と同時に、ベルゼバブの視界は開けた。
「いよいよじゃな、至高の甘味は何処に……って、なんじゃこりゃああああああああああ!!」
女王は視界が開けた途端に、驚愕した。
何故なら、彼女はいつの間にか巨大なクッキーの姿に変えられていたのだから。
しかも眼前には大勢のゴブリンやオーク、トロルといった魔物達が舌嘗めずりをしながらこちらを見つめていた。
「ひっ、これはどういうことじゃ!? 何故妾はクッキーおるのじゃ!?」
ベルゼバブはこの束縛から逃れようともがきながら、老婆に尋ねた。
「ヒッヒッヒッ、まだわからないのですか? 至高の甘味というのは、この世の全ての甘味を食べ尽くして来た貴女自身ですよ?」
「ふ、巫山戯るな!! そんな冗談全く面白くないぞ!?」
大きな木槌を持った老婆の不気味な笑みに怯えながら、女王は叫んだ。
「巫山戯てなどおりませんよ。全て本当の事ですからね。ヒッヒッヒッ」
「い、嫌じゃ嫌じゃ!! 妾は食べられとうない!!」
ここに来てようやく自分の置かれた状況を察したのか、まともに動かせない体で彼女は無駄な抵抗を始めた。
「やれやれ、往生際が悪いですねぇ……。でも、安心して下さい。少しばかり痛いでしょうが直に楽になりますからね。ヒッヒッヒッ」
老婆は女王のクッキーの首元に、思いっきり木槌を打ち付けた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
女王の断末魔と共に、クッキーは頭と体の部分に割れてしまった。
しかし、老婆はそんな事など意に介さずに、今度は彼女の手足に木槌を打ち付ける。
食べられるような大きさにまで割られた暁には、既に女王の断末魔は聞こえなくなっていた。

その日、魔物達は宴を開いてバカ騒ぎを繰り広げていた。
何故なら、この世の全ての味を知った女王を菓子として頂けるのだから。
テーブルにはチョコレートソースやイチゴジャムがかけられた彼女のクッキーの破片が並べられている。
そんなクッキーに噛り付き、ワインを飲みながら今宵の宴は続いていった。

「はいどうぞ、約束の報酬です」
どんちゃん騒ぎの宴を繰り広げる魔物達を尻目に、老婆はある男から金や宝石の入った袋を貰っていた。
「いやぁ、本当に助かりました。あの女王はこの国にとって最早害悪でしかありませんでしたからなぁ。居なくなって本当にせいせいしました。これでこの国も平和になりましたし、名実共に私はこの国の支配者となる事が出来ました。貴女には感謝してもしきれませんよ全く」
「ヒッヒッヒッ、困った時はお互い様ですよ、大臣殿。我々の方もこの世で一番甘い甘味を一度でも食べてみたいと思っていた所でしたので、貴方の誘いは渡りに船でしたよ。もし今後も、何か用がございましたら、私共を頼って下さいね。あ、後一つ忠告しておきます」
「ん? 何でしょうか?」
「貴方もあの女王同様、あまり恨みを買うような事はなさらない方が良いかもしれませんよ……」

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