行方不明
突然だが皆、聞いて欲しい。
自分の妹が行方不明になった時、諸君らはどうする?
大抵の人は皆、血相を変えて探すだろうと思う。
だが、俺__唐元 明は自分の妹を探そうとはしないだろう。
何故かって?
ならこれから説明しよう。
俺の妹__唐元 清美は見た目は清楚で真面目そうな少女なのだが、その見た目とは裏腹にいつもボーッとしており、放浪癖持ちなのか気が付いたらいつもフラフラと何処かへ行ってしまう事がある。
そんなことが毎日起こるならば、ちゃんと何処かに行かないようにすればいいだろうと思う人もいるだろう。
甘い、甘すぎる。
こいつはいくら手を繋いでいても、紐で縛りつけても、どういう訳かいつの間にいなくなっている。
初めは小学生の頃だったろうか。
その頃からいつも行方不明騒ぎを起こして、夜寝る頃になると何故かいつも俺の布団に入っているのだ。
最初の内は必死に探しまくって警察に捜索届を出したりしていた両親と俺だったが、今ではもう清美が行方不明なっても探すことを諦めてしまっている。
こう毎回行方不明騒動を起こしていれば、もう探すのも面倒になってくるというものだ。
しかも夜になると勝手に家に戻ってきているのだから、どうせ夜になれば戻って来るだろうと思ってしまっているというのもある。
だから俺は、妹を探さない。
だが、そうは言っても居られない事態が起きた。
ある日、俺は清美の担任に呼び出されていた。
「先生、一体僕に何の様でしょうか?」
「唐元 明、あの問題児……いや、君の妹の唐沢 清美の事なのだが……このままでは確実に留年することになる」
「え⁉ 清美って確かテストの成績とかはかなり優秀なはずですけど⁉」
「いやなぁ、そういう訳じゃないんだ。実は出席日数が足りなくてだねぇ」
「うっ、そ、そうですか」
あのバカ!
予想はしていたが、あいつ学校にも殆ど来ていなかったのか。
「しかも無断欠席が多い分余程悪質だからなぁ。あいつは毎日学校をサボって、一体何をやっているんだ?」
「それが、よくわからないんですよ。あいつは幼少期からいつもフラッと何処かへ行ってしまうのですよ。今じゃ両親も僕も諦めてしまってるくらいです」
「うーん、そうかぁ……だったら君、明日一日妹の様子を探ってきてくれ!」
「えぇ⁉ 何を言い出すんですか⁉ 大体学校はどうするんですか⁉」
「大丈夫だ、私の方から君の担任に話して特欠扱いにしてもらうから。それともこのまま妹を留年させたいのかい?」
「はぁ……わかりました、では」
結局明日一日、清美の様子を探ることになってしまった。
どうやら清美の担任は、まだあいつのことを見捨てていなかったらしい。
今更清美が何処にいるのか探すなど、正直面倒である。
だが、このまま清美を留年させてしまう事にも罪悪感を感じるのは事実だった。
その日の晩、俺は明日清美を見失っても大丈夫な様に、寝ている清美のスマホに、なるべくスマホの中身を見ない様にしながらGPSアプリを仕込んだ。
今まで妹のスマホを勝手にいじることへの罪悪感から、GPSアプリを仕込む真似は避けていたが、今度ばかりはそうは言っていられない。
何せこいつの進級がかかっているのだから。
ロックがかかってるだろうと思っていたが、それは杞憂だった。
いつもボーッとしている清美らしく、幸いスマホにはロックはかかっていなかったのだ。
だが兄としては、勉強以外の部分はかなり抜けているこんな妹の将来が心配になるのも事実である。
いつか妹の放浪癖が無くなることを願いながら、その日は床に就いた。
翌日。
普段なら学校へ向かうところだが、今日はGPSを駆使して清美の後を追う事になっている。
今の所、異常は何もない。
朝食を食べ、身支度した後で清美は玄関から外に出た。
因みに今、あいつは学校の制服に身を包んでいる。
「おかしいな、担任の話だと学校には来ていないはずなのに……」
学校をサボってフラフラしているはずのあいつが、何故学校の制服に包んでいるのか正直わからない。
だが取り合えず、俺は玄関から出る清美を見送ってから、俺は妹の跡をこっそり追う事にした。
後ろから隠れて跡を追いながら清美の様子を見る。
すると、あいつはもう最初の時点で、学校とは正反対の方向へと進んでいた。
(ちょっ、おいおい! 一体何処に行くんだよ⁉)
そんなことを思いながらも、俺は清美に気付かれないように、フラフラと歩くあいつの跡を追い続けた。
暫く追っていると、清美は町外れの何だか怪しげな古い洋館へと辿り着いていた。
GPSアプリを調べてみると、全く知らない場所を示している。
成程、道理で全く見つからない訳だ。
それにしても、こんな古びた洋館に一体何の用なんだか。
清美はその洋館の扉を躊躇なく開けると、そのままフラフラと中へ入っていった。
俺もすかさず、彼女の後を追って洋館の中へと入る。
洋館の中は薄暗く、今にもお化けの類が出てきそうな雰囲気を醸し出していた。
全く、こんな所で俺の妹は一体何をやっているんだか。
はぁ、とため息をつきながら洋館の中を進んでいくと、二階のとある一室に、清美が誰か話している声を耳にした。
まさか、こんなボロい建物に人が住んでいるというのか⁉
俺は部屋の中の様子を探るべくこっそりと扉を開け、その陰に身を隠しながら、部屋の中の様子を窺った。
部屋の内部で清美と向かい合っているのは、何だかガラの悪そうな二人の男女だった。
しかも、何やらどやされている様子。
まさか清美が何時も行方不明になっていたのは、あいつらから脅されて悪事の片棒を担がせられてたから⁉
そう考えると、探すのが面倒だと思っていた自分を後悔した。
意地でも探し出して、あいつらから引き離すべきだったんだ。
俺は勇気を振り絞って、部屋の中に突入した。
「待ちやがれ‼ 俺の妹には指一本触れさせないぞ‼」
「な、なんだこいつは⁉」
「まさか見られていたとはな‼」
「お、お兄ちゃん⁉」
「おいあんたら、俺なら殴られてもいいが、妹には何も手は出すなぁ‼」
俺は清美の前に立ちふさがり、そう言いながら目を固く瞑る。
しかし、返ってきたのは拳ではなく、意外な言葉だった。
「あの……あんた何か勘違いしとりませんか?」
「は……?」
「え⁉ 清美が舞台女優⁉」
「ええ、そういう事なのお兄ちゃん。実は小学校の頃から退屈な日常に非日常を与えてくれる芝居や演劇に興味があって、お父さんお母さんををはじめ他の人には内緒で、この劇団の方達のお世話になりながら『清元 唐美』という名前で舞台に上がらせて貰っていたの。黙っていて御免なさい、家族に反対されると思うと怖くて言い出せなくて……」
「じゃあ今までずっとボーッとしていたのも……」
「ご、御免なさい! これも演技だったの、いつもボーッとしてフラフラしながら勝手に家に帰って来れば家族の人たちに何もバレなくて済むって劇団で教わって……」
そうか、元凶はこいつらだったのか。
俺はキッと劇団員たちを睨みつける。
「ほ、本当に申し訳ない‼ ……こいつが絶対にこのことを隠し通したいっていうもんだから、つい……」
申し訳なさそうに土下座をしながら謝る劇団員たち。
「はぁ、事情は分かりましたから顔を上げてください。それで、貴方方は……」
「見ての通り、俺たちは清美が世話になってる劇団のメンバーっす」
「今度の演目の内容は女子高生を利用して道行く男から金を巻き上げようとする悪党の話なのさ。良かったら君も見に来なよ。清美のお兄さんなら大歓迎だよ」
「じゃあなんでこんなところで練習をしていたんですか?」
「まぁそれは雰囲気作りかな。舞台練習ってそういうのも結構大事だし」
「しかもここ、周りに人がいないし苦情も言われないから練習にはうってつけの場所なんだ」
ここで俺はあることに気付いた。
いや、薄々気付いてはいたが、気付かない振りをしていただけだった。
つまりは、先程俺が妹を守るために部屋に突入したのは、完全に無駄な行為だったということだ。
「え……じゃあ俺は一体何のためにこの部屋に突入して……」
俺の勇気は無駄だったということが分かった途端、自然とがっくりと肩が落ちた。
「でもかっこよかったよお兄ちゃん、前から好きだったけどさらに惚れ直しちゃった」
「おいやめろって、俺たち兄妹なんだぞ⁉」
俺が抱き着いてきた妹を押し放そうとしていると、劇団員の人が話しかけてきた。
「そうだぜ兄ちゃん。今の演技中々センス良かったから、良かったらあんたも劇団に入らないか?」
「え、遠慮します……」
その後、俺は清美と一緒に家に帰り、両親と担任に今日起きたことを全て話した。
当然怒られた。
だが俺と清美の必死の説得もあって、清美は舞台女優を続けることが出来るようになった。
そしてこの日以来、清美がフラッと何処かへ居なくなることはなくなった。
今では、そんな妹の舞台を見ることが、俺の密かな楽しみとなっている。