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明日の空 vol.1

第一章「屋上へ」

 その日、私は明らかにはしゃいでいた。
今まで着たことのない真っ赤なコートを着て…。
このコートは、去年親に勧められて半ば無理矢理に購入させられたコートだ。
あの時は、これを着ることになるなんて思っていなかったのに。元々私が着る服はモノトーンが多く、まして赤なんて自分には似合わないと思っていたし、普段スカートもほとんど履かない。
自分の体型に自身はないし、家では基本ジャージですこじている。
 でも、その日は赤いコートの下にひらひらしたスカートを隠して、足取りも軽やかに会社へ出社した。私に似合っているかは分からないけど…今日はこれを着ていくのにふさわしい日だと思ったからだ。
 それは、他でもない付き合って5年になる彼に話があると呼び出されたからだ。

ーーーーーその日の夜、気づいたら家の近所のマンションに来ていた。
屋上まで一気に駆け上がる…最近はどこのマンションも屋上に続く階段には、鍵がかかっていてあかないものだが偶然にも鍵は開いていた。

「こんな時だけツイてるな。」
 私はそう呟いて屋上へ出た。今日は冬の夜にしては、空気が生温かく風の服夜だった。
「キレイな星…そういえば久しぶりに空を眺めたかも。」私はそう言うと今晩のことを思い出していた。

 昨日、珍しく夜中に彼からこう電話がかかってきた。
「話があるから明日の夜8時、いつもの店で待ってる。」と、そう彼は言った。いつもとは違う彼の真剣さに何かあると思った私は、プロポーズをされるのかもと浮かれていたのだ。
 しかし、惨敗とはまさにこのことだ。彼の放った一言に私の笑顔は一瞬にして消え去った。
「ごめん。別れよう。他に好きな人が出来た。」
あまりの驚きに私が、口をあけて金魚が餌を食べるときの様に口をパクパクしていると。
「これ、今までもらったものとか色々入ってるから…都合が良いかもしれないけれど今までありがとう楽しかった…これからは、君の隣には居られないけれど、素敵な人生をすごしてください。」
そういうと彼は席を立って店を出ていった。
 私は、ただ彼の姿を見る事しか出来ず、その後その店を出たあと、近くのゴミ置き場に彼から返された紙袋を捨てて……あとは覚えていない。
気づいたらこのマンションの屋上に来ていた。
人はあまりに予想のしていないことをされると、思考能力が停止するのかと冷静に思った。
良くあるドラマのように私には、泣いてすがるでもなく、彼にビンタを食らわすでもなく、一瞬にして無になった。
 むしろ泣いて引き止めれば良かったのかもしれない。でもそんなドラマの様な真似は私には出来なかった。人前で泣くなんて私にはありえないことだった。欲しいものが手に入らなくて泣く…子供の時にしか通用しない手段だと考えていたから…泣いて彼が思いとどまるなんて思えない。万が一、彼が考え直したとしても今までとは同じように振る舞える自信が私にはなかった。
 むしろ別れることになって、悲しいという感情とともにどこか「ほっ。」としていた。
 それは、相手の理想に合わせて自分を作っていたのかも…感情を抑えて彼の前では大人で居ようとしたのかもしれない。
 屋上に着く頃にはショックな気持ちと同時に「もうどうでもいい」と思うようになってた。

ーー今日は生温かく風の吹く満月の夜、冬だというのに私は暑くてコートを脱いだ。私はこの屋上で今まで抑えていた感情を表に出そうと思った。
 そして、全てをおわりにしよう…そう思っていた。

次号へ続く…
 


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