【掌編】契約
「ああ、ひどい会社勤めで働くの嫌になったけどニートにも飽きた。もう現世に飽きた。寿命でもなんでも売ってやるからすんごい超能力が手に入るとか、そういう面白い話はないだろうか」
「お呼びかな」
「だれだよお前」
「悪魔だよ。契約の話っぽかったから出てきましたよ」
「おお、悪魔か。じゃあさっそく、寿命売るからすんごいのを頼む」
「了解です。じゃあ残りの寿命を5秒まで削るということで」
「ちょ、ちょっと待った。せめて1日は残して欲しい」
「1日残すなら時間を2秒止めるとかその程度ですね」
「それは、ちょっと、損だな……ほかに切り売りできるものは?」
「記憶なんかも切り売りできますけどね」
「じゃあ記憶で」
「かんたんに言うけど、そんな価値ある記憶持ってるんですかおたく」
「え? ええー……どうだろう」
「ほかのひとにないような特別な経験でなきゃだめだよ。記憶の中古買取も同じ分類のばっかり、あふれてるんです。古本屋と同じ感じですね」
「じゃあ、たぶん、ない。あとはなにが売れる?」
「『気持ち』かな。感情、といいますか。『好きな気持ち』とかプラス方向のやつ」
「お、それならイケる気がする。ようは情熱とかそういうのだろう?」
「まあそういうのですね。じゃあそういう情熱とか気持ちを、自分に向けて抱いてくれてそうな相手を思い浮かべてください。そのひとから徴収するので」
「相手? 待ってくれ。『自分がなにかを好きな気持ち』とかじゃだめなのか?」
「それも中古買取市場ではあふれてるんですよね」
「だったら無理だ。おれを好いてるひとなんていやしないよ」
「そうなると買い取れるものがあまり思いつかなくなってきますね」
「そんなこと言わずに。頼むよ」
「うーん……じゃあひとつだけ。最近とくに売り買いが多いもので、おたくも持ってそうなのがありますけどね」
「なんだい?」
「まー、これも一種の『気持ち』なんですが。
じゃあ寿命1日残しーの、その『気持ち』を買い取りーの、で『世界中の時間を止めて好きに動ける力』をさしあげましょう。でも、本当にもらってしまってもいいのですか?」
「もちろんだとも、こんなつまらない日々を生きるくらいならその方がよっぽど面白そうだからな」
男は寿命と気持ちを買い取ってもらった。
とたんにすごい超能力が手に入ったのを感じたが、男はそれを使う気が起きなくてそのまま翌日までだらけて死んだ。
一方、悪魔は買い取ったその足で大手企業の新入社員研修の会場に向かった。
ちょうど、おびえる新入社員たちからスマホなど連絡機器を没収したところだった研修担当官がニッコリしながら待っていた。
悪魔はニッコリしながら買い取ってきた『やる気』を売り渡した。
来年か再来年には、この新入社員たちも刈り頃になるだろう。
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