お酒の味を通っぽく語ってカッコつけたい。
好きなお酒の吟醸工房が豊田市の山奥にあるのを知ってて友人になにも伝えずそこまで遠距離ドライブに連れて行き、
「あ! 吟醸工房だって!」と、さもいま見つけたかのように振る舞い一目散に駆け込んで試飲をがっぱがっぱ飲みハンドルキーパーを押し付けたことがありますが、まあそんな話は関係なくお酒の銘柄っていろいろありますよね。
でも正直、お酒の味ってうまく覚えられない。
そもそも私はさほど鋭敏な舌を持っていないのだ。
『一度飲んだ味は忘れない!』とか『ハッ、これは〇〇の……!』とかグルメ漫画みたいなセリフを言ってみたいものですが、あいにくと味の感想はその場限りでするっと逃げていきます。
それも『飲みやすかった・飲みにくかった・酸味があった・辛かった・甘かった』こんくらいでしょうか。
語彙が無い……。
当時大学生だった私はおおいに悩みました。
私はお酒を飲むときにカッコつけたい人間。
どうにかこうにかこうなんかうまいこと言った風な空気を演出して「こいつわかってんな」と思われたい。
いやそこまでいかなくてもいいからせめて恥をかかない程度に、言葉の引き出しを持っておきたい。
そのころ家でボウモアというウイスキーを飲んでいた際に、母から「いつもそういうの飲んでるけど、おいしいの?」と訊かれて「正露丸のにおいとか一般には言われてる」と答えたとき。
「ええええ、気が触れてる……ていうか木酢液のにおいじゃないのこれ」
などと私よりはるかにイイ感じの独創的な表現を添えられたので……、そうだな。せめてアレくらいのことは言いたい。
しかし。
物書きをして長いというのに、私は食べ物飲み物についての感想の語彙が非常に少ない。おかげさまで食事シーンなど調理過程の方に重きをおいて書いてしまう有り様よ。
そんなわけで語彙を増やそうと思い、当時の私はちょろっとウイスキーの味を評価しているサイトを調べた。
日本酒、ビール、ワイン、焼酎、テキーラウオツカジンetc,etc……世の中には多数のお酒があるものの、個人的にはウイスキーの味わいについて語ってみたかったのでまずここに手を伸ばした次第である。
なぜならカッコよさそうだからだ。
だが……だが、しかし、だ。
なにがなんだか、よくわからない。
ボウモアの項目を見た結果、この『ピート』なるものが正露丸のような風味を含む、『スモーキー』な味わいのもとになっているのはわかった。
スモーキー。たしかにこう、煙っぽいというか香ばしい感じがあるのはわからなくもない。
それを『強い、弱い』と表すことで風味の強弱を示すのも、わかった。
しかしほかのウイスキーの項目に飛んで確認した『花のような香り』『はちみつのような香り』『バニラのような香り』『柑橘のような香り』『チョコレートのような香り』『接着剤のような香り』『塩気を感じる』『クリームのような風味』『オイリー(あぶらっぽい?)』などなど……
このあたりがよくわからない。
バニラエッセンスが入っているわけでもないのにバニラ。柑橘類入ってないのに柑橘類。
……騙されているんじゃないのか? 私は世界に対して疑念を持った。
しかし多くのひとがそうと感じているのなら、そうなんだろう。ひきつづきいろんなページを見た。これまでに私が飲んだお酒のページも見た。でもやっぱりなんか腑に落ちない。
……だんだん、不安になってきた。
私はお酒が好きでいつもかぱかぱと飲んでいたが、どういう味をどのように感じて「うまい」と思っていたのだろう?
チョコレートをかじれば甘い。
甘いのがうまい。
風味がよい。そう言える。
しかし私はお酒を飲んで「正露丸のにおいがする」と言っている。喉を焼くような度数の液体を胃袋に落として「~~ッッッ」という感じになっていることもままある。
つまりお酒を飲まないひとである母からしたら正露丸というおおよそ常食常飲に適さないものと同じ味の品を日々グラス一杯あおって「~~ッッッ」しているわけである。
そりゃわけがわからないだろう。
私もわけわかんなくなってきた。
うまいってなんだ?
うまいはどこから来てどこへ流れていくんだ?
私は……本当にお酒が好きなのか?
愛を疑いはじめた私はバーへ行きます。
もう迷いはお店の人に断ち切ってもらうと決めた。
その日暇をしていた当時学生いまは高等遊民になっている友を伴って入店して棚を眺め、緊張しながら……
「あの、柑橘みたいな香りのするウイスキーって、ありますか」
と訊ねた。
マスターは眼をキラっと光らせ「……あるよ」と言った――かは覚えてないですが、とにかく一本のウイスキーを出してくれました。
それを一口飲み、私はハッとしました。
「おおたしかに……柑橘の香りだ!」という感覚はもちろんあり、その感動もありましたが。
それ以上に思ったことがひとつ。
「……そうか。お酒って『これはどういう味?』と常に考えてないと、わかんないんだな……」
ということです。
言われてわかるということは、気づこうとしなければ気づかないということ。
そう、つまり――考えつづけること。
それなくして、お酒の味はわからない。
この日得た学びはそれでした。
これまで何リットルというお酒を飲んできた。
でも私は、そのひとつひとつと真摯に向き合っていなかった。
だからなにも蓄積されていなかったのだ。それでは語彙など、溜まりようがない。
与えられるものをただ漫然と与えられるままに飲み干しているだけではダメなのだ。だって私は鋭敏な舌を持っていないのだから。感覚に常に問いかけをつづけていかなくてはならない。固定観念や他人の評価をうのみにして自分の向き合い方を忘れてはならない。
そうだ。
自分の感覚を常に磨こう。
どのように感じたかを、つたなくてもいいから自分の中で組み立てて、外に出していこう。
そうしなければ経験として身に付かない。
他人のブログを見て知った風な知識で「ピートが~」だの「オイリーな~」だのと言っていてもはじまらないのだ。
言葉足らずでもうまくいかなくても自分の表現を出していかねば成長が無いことなんて、私は創作活動を通してとっくのむかしに気づいていたはずなのに……それをまだ私はほかの物事や生き方にまで転用できるほど熟しきれていなかった。たとえて言うなら樽での寝かせが、足りなかったのさ。
でも、気づけたのだ。
ならば今日、ここから。
自分で自分の中に――大切に、味覚と表現を育てていこう。自分の表現で自分の感覚に問いかけて得た答えを、世にあらわしていこう。
そんな風に静かに決意している私の横で高等遊民は、
「コレぇ車のワックスのにおいするっスね~」
と言ってがぱがぱウイスキーを飲んでいた。
わ、WAWAWA、ワックスって……。
私は震えた。
せっかく『柑橘の香り』というオーダーにマスターが応じて出してくれたというのにコイツは一体なにを! 味覚どうかしてんじゃないのか!
しまったなぁーもう、もっと味の理解がある奴を連れてくるべきだったァ……! 完全に失敗した……!
そんなことを思いながらわなわなしていると、
ふいにマスターもテイスティング。
グラスに注ぎ入れて口に含み、
「……なるほどねーたしかに。言われてみればそんな感じもする。面白い表現だね~」
と、笑っていた。
高等遊民もがっぱがっぱ飲りながら「っスよね~」と、笑っていた。
私だけが、
硬い顔をしていた。
…………うん。
なんていうか。
固定観念とか他人の評価に縛られたとこから脱出するの、まだまだ先になりそうです。
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