【創作】独断と偏見による戦闘シーンの書き方
『……対決の時間がやってまいりました。実況は私、田中がお送りいたします!』
『解説の佐々木です。本日はよろしくお願い致しますー』
『ハイよろしくお願い致します』
『早速ですが今回、とくに前置きなどもなく戦闘シーンに入るようですね』
『そのようですね。疑似三人称視点でキャラが目覚めるところからです!』
近藤が目を開けると、そこは等間隔に無骨なコンクリート柱が立ち並ぶばかりの、殺風景な廃墟だった。
広くは、ない。大股で十歩も進めば、もう壁にぶつかるくらいだろう。影と灰色だけに満ちた空間、しばらく目を開けているだけで気が滅入る。
『おー、まずは情景描写ですね佐々木さん』
『漫画などでも場面転換した次の一コマはキャラがどこにいるかを伝えるため、風景を描くことが多いですからねー。まずはここからということでしょう』
しかし完全に閉鎖された空間ではないらしく、ほこりっぽく冷たい風が吹き、近藤に肌寒さを覚えさせた。
「ふぁっくし!」
鼻にむずがゆさを覚えて、くしゃみが生じる。
『微妙に五感をくすぐる描写入りました』
『視覚だけでないほかの感覚描写もあると、共感を覚えやすくてするっと入りこめるものですからねー』
『なるほど。……するとサービスシーンで大抵「体が熱い」「体がやわらかい」「いい匂いする」とか書くのもそのためでしょうか?』
『あると思いますね』
『なるほど。筆者の経験不足から広範に知られるそれら以外の表現が書けないとかではない、と』
『そこはひとそれぞれだと思います』
すると、柱の陰からふらりと人影が現れる。
「どこからかファックしろと聞こえてきた……」
「気のせいだ」
物陰から出てきたのは、ずんぐりむっくりした影だった。
近藤よりも十センチは上背があり、腕も足も丸太のように太い。細身の近藤と比べると、その体格差はさらに際立つ。
「ではなにをしろと言うのだ……?」
「ファイトじゃないか」
「……そうか」
近藤の言葉に、男は仕方なさそうにうなずいた。
うなずいてから、「鈴木だ」と名を名乗った。
「では、参る……!」
「おう、来い!」
言って、鈴木はとくに構えを取ることもなく、一歩ずつ踏みしめて悠然と近藤に迫った。
一歩ごとに、彼の筋肉が隆起する。みっちりと肌に食い込んだシャツとジーンズは、羽化寸前の蛹の外皮を思わせるほどに脆く危ういものと映った。
一方、近藤の皮膚の上では、薄いタンクトップが風にはためいている。肉付きは薄く、しなやかではあるが太さはない。
『自分と比較することで相手を描写しています、ここまでで場所・自分・相手と描写してきましたが、これで戦いに入る前提を満たしたと捉えてよいのでしょうか』
『必要なぶんは揃えましたね。付け加えるなら伏線などが匂わせてあればなおよし、というところでしょうが今回は溜めナシなので伏線などはないかと』
「――おおおッ」
開幕先制の一手は鈴木のものだった。
左拳がうなりをあげて迫る。接近に反応が遅れたのは、特に構えなく近づいてきたため、どこからが間合いか測りづらいものがあったからだ。
すんでのところで上体をスウェーバックさせて近藤はこれをかわすが、つづけざまの右ストレートに鼻を削がれそうになる。
「くううッ!」
『両者とも叫び声入りますね!』
『緊迫感をあおるなり、テンポを生むのに一役買いますからねー。無言でのぶつかりあいもそれはそれで、キャラによっては映えるのでしょうが』
「ぜあっ!!」
さらに連なるは蹴撃。鈴木の右脚が一本の棍のごとく、鋭い打ちこみで下段を薙ぐ。たまらず飛びあがる近藤だが、鈴木の右脚は途中で停止し、かかとを天に向けて真上に跳ね上がった。
空中に浮いてかわした近藤は避ける場も防ぐ手立てもない。とっさにおこなった肘を下げるブロック越しに蹴りあげられ、後ろへ吹き飛ぶ。
「ぐはっ、」
「くたばれ……!」
『いいですねー追撃のセリフ』
『かわした、と思いこませてからの一撃ですね、ポイント高いと思います』
『ただやはりとどめのセリフは相手に逆転フラグを与えてしまいませんか?』
『冷静に考えればそうです。作中時間経過速度のお話になりますが、たしかに現実的に考えればわざわざ攻撃のタイミングでしゃべる必要はありません』
『ふむふむ』
『しかし戦闘シーンとはあくまで娯楽です。起承転結が求められます。それには「わかりやすいフラグ」と言った要素で流れを作らなくてはいけません』
『連続エネルギー弾ですね』
『然り。「やったか?!」ですね。あとは冷や汗や脂汗も重要なファクターです』
『ああー、なんかやたら汗流しますよね』
肉薄する鈴木に、近藤は目を剥いて応じる。
鈴木の足刀横蹴りが、いままさに己へ叩きこまれようとしていた。
「こっ、の――」
『ダッシュ連打です』
『ダッシュ発動中は時間の流れがゆっくりになる作用もありますからね。引きとして用いて次の動作に繋げるのでしょう』
『やたらたくさん文頭につく場合もゆっくりにしてるのでしょうか』
『それは溜めですね。みえないだけで歯ぎしりや拳を握るなどの動作がそこに混ざっています。読者の視点をキャラのアップに誘導するためのものですね』
息を吐きながら近藤は思考を繋げる。
まもなく追い打ちが、くる。
確実なとどめを、と力んだ一撃が、くる。
ならばそれをいなすことさえできれば勝機だ。
そしてそのチャンスは、この0,5秒の中にしかない。
近藤は。
全力で身を反らし、爪先までまっすぐに足を延ばした。
地を蹴る爪先。
ガリリっとコンクリートの床を削るようなわずかなこの動作で、彼の全身に後退する力が加えられる。
近藤が足を止めるだろうタイミングに合わせて繰り出された足刀は、稼いだこの距離によって力を失った。
伸びきり空を掻いた足を、鈴木はあわてて戻そうとする。しかし見逃すはずはない。
「――っぉぉぉらっ!!」
『繋げてきました!』
『さっきの流れはここへの布石でしたねー』
『反撃確定ですね!』
『ええ、ここで決着でしょう。あまりころころ優位が入れ替わる展開というのは飽きられがちですからね』
『そういうものでしょうか』
『戦闘シーンは戦いそのものの内容より、むしろそこに至る過程と実際直面した際の必死さこそが醍醐味ともいえます。優位の入れ替わりが多いというのはキャラが必死になっていない、いわば出し惜しみですよ、引き延ばしの戦いほど見苦しいものはありません』
『佐々木さんからどこへ向けたかわからない私怨を感じます』
両手で挟み込むように足首をとらえる。このまま引き倒す――と思わせておいて、むしろ近藤は足を押した。
引っ張られると考えていたのだろう鈴木は引き戻そうとした己の力に近藤の押し込みを加えられ、バランスを崩す。
勝機の訪れ。
近藤は、全身の力を込めた。
「おまえがっ、くたばれっ!!」
つかんだままの足首をもぐようにひねる。ぐるんと上体を振りまわされてうつぶせに倒れた鈴木の真上に、振り上げた近藤の足が高々と掲げられる。
かかとから叩き込む踏み下ろし、一撃。
背筋を貫いて心臓に衝撃を与えられた。
「あ――が、は」
『ダッシュの溜めで倒れるまでの時間を引き延ばしました』
『よくある余韻残しの手法ですね。静かな幕切れにはこちらです。逆に激しい激闘で喀血して死ぬとかなら、仁王立ちのまま「がはっ!」などエクスクラメーションマークで締めるものです』
『ともあれこれでおわりですね』
『ええ、おつかれさまでした』
鈴木は、昏倒した。
近藤は息を整え、勝利の余韻に浸った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?