ドラマ・映画感想文(05)『おいハンサム!!』
作品の面白さ:9点(/10点)
放送クール:2022年1~2月
制作局:東海テレビ、日本映画放送
視聴方法:FOD
※多少のネタバレを含みますが、決定的な展開や結末には触れないようにしております。
山口雅俊プロデューサー・兼監督・兼脚本家の新基軸。ドラマツルギーの常識に囚われない手法の数々に、観ているこちらは翻弄される。続編&映画化決定(2024年春)も頷ける。
様々な人生訓を食べ物になぞらえる同作の世界観に則って、このドラマを例えてみよう。
メインディッシュなしの定食。ごはん、たくあん、つけもの、キムチ、納豆、梅干し、小魚、ひじき、冷奴…。ガツンとくるおかずは無いのに、よりどりみどりの箸休めの小鉢に舌鼓を打っているうち、白ご飯が進んでお腹いっぱいに。そういう作品だ。
タイトルとキービジュアルから想像していたのは、父親(吉田鋼太郎)が娘たちの交際相手に「おいハンサム!!」と怒りをぶつける姿だったが、蓋を開けてみればハンサムとはこの父親(吉田鋼太郎)のことだった。
ハンサム顔で人生訓を垂れる。娘たちは「何言ってんの、ハンサム(顔)で」と冷ややかなリアクションをしつつ、その実、心には響いていて背中を押されている。
そういうホームドラマっぽい器の中に盛り付けられるのは、まるで山椒や七味のピリっとした味が効いた小鉢の品々。登場人物たちが繰り広げる諧謔の数々、そして食べ物へのささいなこだわり。それらが、クスっとくるアクセントになっているだけでなく思わぬ伏線にもなっていて、視聴者は気づけばその網に包囲されている。山口雅俊監督の術中にハマっている感じ。
山口監督の手練手管は、映像面にも。洋画さながら、無粋な説明は大胆に省略して、登場人物それぞれの一日の動きを細かいカット割りで切り貼りしながら縦横無尽に描く。どことなく『闇金ウシジマくん』の手法を感じる。一話完結型のようでいて、次回にも連綿と話が続いている。朝ドラ・大河ドラマ的な感覚。
それにしても、ハンサム(吉田鋼太郎)の妻役・MEGUMIさんは出色だ。夫と年齢的には不釣り合いに見えながらも、飄々とした佇まいがいい。どういう経緯で抜擢されたのか。慧眼。
山口監督(プロデューサー)は、よく洋楽の名曲を採用する。
Elton John「Goodbye Yellow Brick Road」(太陽は沈まない 2000年)
Three Dog Night「Joy to the World」(ランチの女王 2002年)
Carpenters「Top of the World」(ビギナー 2003年)
Sarah Vaughan「A Lover's Concerto」(不機嫌なジーン 2005年)
今回はEurythmics「There Must Be An Angel (Playing With My Heart)」。各話エンディングで流れる。化粧品CMのイメージが強かったが、これで上塗りされた。
この曲が流れる中での第二話のラストは白眉だった。迷える長女(木南晴夏)にハンサム(吉田鋼太郎)が、「なんじゃそりゃ」というようなアドバイスを贈る。怪訝な顔をする長女だが、次回でその言葉を実行に移し、何かを感じ取る。
「がんばれ」だの「元気を出せ」だの「俺が守ってやる」だのといったような、上から目線のありがた迷惑な言葉は投げ掛けない。ハンサムは、自分が最近学んだ哲学を、半ば自分に言い聞かせるように、娘に披瀝する。娘たちと同じ目線で、同じ一歩を踏み出そうとする。ここに、この作品の透徹した美学がある。
本稿冒頭で、この作品を箸休めの小鉢が並んだ定食に例えた。それにはもうひとつ含意があって、出てくるキャラクターそれぞれは、決してキャラが濃くない。一見濃いと思えるような人たちも含めて、普通の人。伊藤家も全員、何の変哲もない市井の人たちだ。小鉢に佇む淡白な食材のようなんだけれども、しかし、ひとつの作品という完成形になったとき、これほどパンチの利いた定食は無いぞと心躍る仕上がりになっている。見た目よし、香りよし、食べてよしの美味しいおばんざい定食。キャラクターの特異性でぐいぐい引っ張るタイプ作品(それはそれでいいのだが)と、雰囲気は似ていても中身は違う。丁寧な下ごしらえを施し、ちゃんと灰汁をとった出汁で味付けされているからこそ、淡白な素材(キャラクター)なのに味わい深くなっている。
食べ物・料理への愛。というより、食が人間にもたらす希望だったり、コミュニケーションの潤滑油としての働き、人間性を測るリトマス紙にもなりうる奥深さだったりを、山口氏は大事にしている。その嚆矢は『ランチの女王』(2002年)ではないかと思うが、それ以降も例えば『ビギナー』(2003年)では牛丼や焼鳥、『闇金ウシジマくん』シリーズではオムライスなど(『ランチの女王』のセルフオマージュか)、色々な作品でその姿勢が垣間見える。ホームドラマという、まさにうってつけの舞台となった本作で、その本領を発揮。目玉焼きの焼き具合、トーストの厚さ、納豆のトッピング、おでん種の第一手をめぐる、各々のこだわりの鍔迫り合い。特に目玉焼きについては、黄身の硬さ、白身の焼け具合によって何通りもの作法があることに気づかされたが、願わくば、醤油派・ソース派・塩胡椒派・ケチャップ派の論争も観たかったところ。続編に期待。
ところで、第1話で会話の中だけで出た「松雪京香」の名前は明らかに『きらきらひかる』(1998年)の松雪泰子さん・鈴木京香さんから来ているだろうし、第2話のオムライスのシーン、第3話のラスト、第4話等で流れたピアノBGMは『ビギナー』(2003年)で頻繁に使用されていたものだろう(映画『STING』の「Solace」という曲らしい。第6話以降で出てきた「アフリカの夜」という小説は、タイトルそのまま『アフリカの夜』(1999年)。過去のプロデュース作品のファンを喜ばせようという山口監督の遊び心が、くすぐったくも嬉しい。