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梅雨模様。幼稚園のお迎え

「明日、幼稚園のお迎えお願いできない?」
妻のひと言にしめたと思った。
息子が家の外でどんな風に過ごしているか
見られる機会だからだ。

私の次男坊は、
いつも家だと歌ったり踊ったりと
陽気な一方、
機嫌が悪くなると、
大きな声でわめきちらす。

片付けが苦手なのは長男と一緒なのだが、
妻に怒られても、平然とテレビを見続ける、
ふてぶてしさを兼ね備えている。

甘やかし過ぎたのかもしれない。
私自身、次男ということもあって、
どうしても同じ次男の方を
可愛がってしまう。

買ってほしいと言われれば、
自分のお小遣いで、
おもちゃでもお菓子でも
買ってあげた。

妻に怒られた後、悲しそうな顔をすると、
すぐに抱っこしてあげた。
そんな育児のせいか、
なんでも自分の思い通りになると
思いがちだ。

ただ、長男と違って、
私に良くなついている。
寝る時も妻より先に絵本を読んでと
頼んでくる。

なついているとは、それだけか。
と言われれば、それだけだ。

さて、そんな我が子なので、
幼稚園でも自分の思い通りにいかないと、
友だちと喧嘩してしまうのではないか。
いや、そもそも友だちを
作れないのではないか。
という心配をしていたところだ。

お迎え当日、テレワーク中の私は、
家から幼稚園へ向う。
あいにくの小雨。

妻から事前に言われていた
次男の黄色い合羽を手にしている。
ずいぶんと小さい物だ。

梅雨の小雨に打たれながら幼稚園に着く。
時間がまだ早いので他のお母さんはいない。
これが狙いだ。

幼稚園の終わりは、先生と一緒に
歌を歌うことは長男のときに学習済み。
次男にばれないように
その光景を見たかったのだ。

先生の歌声が聞こえてきた。
少し調子が外れた子どもたちの声が続く。
窓からそっと眺めると、次男は
みんなと一緒にお行儀よくすわっていた。

どうも歌は歌っていないようだ。
恥ずかしがりや。
このあたりは想像どおりだ。
歌を歌ったあと、
みんなとどんな距離感になるのかな。

しまった。そのとき次男と
目が合ってしまった。
こうなると仕方がない、

「今日はお父さんが来たよ」
そんな声を笑顔で表現してみた。
すると次男はすぐ顔をそらした。
おや?

「……くんの、お父さんですよね」
教室のドアがあき、
先生が私に声をかけてくれた。
初対面なうえ、名札さえつけていないのに。
どうやら顔が似ているので
気づいたのだろう。
ちょっと心が弾んでくる。

「おいで。帰ろう」
次男に手を伸ばす。
「いや、おかあさんがいい」
「……」
期待と現実のギャップが大きい。
なぜだ。いつもはお母さんなのに、
お父さんがサプライズで来て
うれしがってくれると思ったのに。

「雨降っているから合羽着ようね」
「いや、着ない」
「おうちに帰ろう」
「いや、おかあさんがいい」

こうなるとだめだ。
何を言っても言うことを聞かない。

無理に手を引っ張ると
わんわん泣きはじめた。
小雨は降り続いている。

とりあえず濡れないように私の傘をさす。
すると、グランドを歩き始めるものだから、
私も濡れないようにと追いかける。

周りを見ると、仲良く手をつないでいる
多くのお母さんと子どもたち。

次男もこの中の一人でいたかったのだろう。

歩き回るものだから、
すでに服が濡れている。
風邪をひかすわけにはいかない。
次のテレビ会議の時間も迫っている。

悲しい気持ちを抑えつつ、
左手に傘を持ったまま、
右腕で次男を抱きかかえると
家路へと向かう。

「おかあさんとかえりたいー」
道中泣きわめく次男。
3歳といっても体重は10kgを超え、
右腕がしびれそうになる。重たい……。

「あ、……くん、ばいばーい」
友だちの女の子だろう。
あ母さんと手をつなぎながら
怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「ばいばーい」
代わりに私が答えた。
精一杯の明るい声で。

次男は私の右腕に抱えられ泣いたままだ。
「今度は一緒に手をつないで帰ろうな」
梅雨模様の月曜日。
傘と10kgの次男を手に、
自宅へ向かって足を出し続けた。

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