「蔭の支配者」について
貴志祐介という作家がいる。『黒い家』という保険金詐欺を扱った小説は、たしか映画にもなったと思うのだが、わりと初期の作品に『天使の囀り』という小説がある。アマゾンを探検した際に野生のサルを食べたことで、寄生虫に寄生されて……という話である。グロい内容で、とても強烈な読後感があったのを覚えている。しばらくジビエ料理を食べたいと思わなくなったくらいである。
日経新聞の記事「オオカミを操る寄生体 群れのボス指名、野心あおる」というのを読んだが、小説の世界のフィクションではなくて、実際に寄生体が自分たちの子孫繁栄のために宿主を支配しているというのは、なかなかに衝撃的な話だと思った。
「トキソプラズマ」という寄生性原生生物は、寄生した動物の脳に巣くい、宿主の行動をも支配するという。本来はネコ科動物が終宿主で、ネコ科動物の腸内でのみ有性生殖を行なうが、他の動物も渡り歩く。他の動物の体内では無性生殖を行なう。
オオカミに寄生したトキソプラズマは、オオカミの脳を支配して攻撃性を高め、野心をかきたてるようになる。トキソプラズマに寄生されたオオカミは、リスクを冒す傾向が強く、リーダーになりやすいのだという。そうしたリーダーは危険を恐れなくなり、ピューマのようなネコ科動物のそばにも群れを連れていくようになる。ネコ科動物に近づけば、仲間も寄生する危険があるし、仮に宿主がネコ科動物に食われれば、終宿主のネコ科動物に帰ることができる。
同じように、トキソプラズマに感染したネズミはネコの匂いにも恐れずに近づくようになるという。宿主のネズミをネコが食べてくれたら、ネコの体で有性生殖をするトキソプラズマにとって都合がよいからである。
似たような話として、ハリガネムシに寄生されたカマキリは水面の反射光が含む水平偏光に魅入り、水の中に落ちるのだという。ハリガネムシは水中で繁殖するので、水中に戻るには棲みついた陸の虫を水辺に誘う必要があるからだ。
これらのことから、寄生体が宿主を支配し、自分たちの子孫繁栄に資するように、いわば、「蔭の支配者」として、宿主の行動をコントロールしているということになる。
もっと恐ろしい話をするならば、トキソプラズマはヒトにも寄生するのだそうで、既に人類の3分の1以上に寄生しているということである。オオカミが影響を受けるくらいだから、ヒトの脳をも支配して、我々の普段の行動も左右していると考えてもちっとも不思議ではない。自分の判断だと思っていたら、我々の脳に棲みついている寄生体によってそう仕向けられているのかもしれない。
「トキソプラズマの感染率が高い国にサッカーの強豪国が多い」という説もあるのだそうだ。攻撃性が増し、野心をかきたて、リスクを冒す傾向が強くなれば、たしかにサッカーにとどまらず、いろいろなスポーツや競技、あるいはビジネスの世界でも関係がありそうな気がする。
W杯で日本代表がドイツ、スペインに大金星を挙げて世界中の注目を集めているが、もしかしたら日本人のトキソプラズマ感染率が急上昇するような出来事があったのかもと思ってしまった。
もちろん冗談である。
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