「オンライン診療」について
日本は、他の先進国と比べて、病院の病床数は決して少なくない。一方、医師の数は明らかに見劣りする。医学部の定員を増やして医師を増産すれば良いのだろうが、なぜかやらない。
診療科によっても医師の数にばらつきがある。しんどそうでキツそうな診療科は敬遠される。具体的には、産婦人科、外科、救急医科、小児科等である。産婦人科は日本全国で約10千人強くらいしか専門医がいない。ちなみに妊娠可能年齢と言われる15歳-49歳の女性はざっと24百万人くらいである。単純平均で産婦人科医1人当たり2,400人ということになる。都市部を除外して、地方の僻地や離島に限れば、もっと悲惨な数字が出て来るはずである。
コロナ渦で注目された感染症専門医も不足している。日本感染症学会によれば、全国にある400余りの感染症指定医療機関のうち、学会が認定する感染症専門医が在籍しているのはおよそ35%に当たる144施設にとどまるという。
病床数は少なくないと書いたが、日本は民間の中小病院が多い。一般病床の約6割は、一応、看板は「急性期病院」となっているものの、大半はいわゆる「なんちゃって急性期病院」である。急性期病院である方が診療報酬の面で有利だからであるが、専門家の調査によれば、実力的にはこのうちの3割以上が基準を満たさない。病床数100床未満の病院に限れば、実に約7割が不合格だという。コロナ渦で医療崩壊が起きたが、病床数は多くても見かけ倒しで、実力が伴わない医療機関が多いことも理由の1つだと思う。
最近のIT技術の発展を考えれば、オンライン診療などはもっと積極的に利用されても良さそうだが、必ずしもそういう展開にならないのも、医師が増えないのと同じで、既得権益を守りたい人たち、変革を好まない人たちが多いからである。医師会は開業医の発言力が強い団体であり、政権与党や厚労省にも大きな影響力を持つ。総じて商売敵が増えるのがイヤな人たちが多い。
医師法、医療法といった法律が制定されたのは、1948年(昭和23年)なので、もう70年以上も昔の法律が改正もされず使われている。厚労省がガイドラインとか指針、あるいは通達といった文書を発信することで、法律の解釈レベルの修正とか見直しで対応しているということになる。
70年以上も昔には、オンライン診療など誰も想像すらできなかったであろうから、当然に、医師と患者が同じ場所で対面して診療行為を行うのが当たり前というのが昔も今も日本の医療の「あるべき姿」に関する基本スタンスである。
それが1997年(平成9年)になって、やむを得ない場合に限って、対面診療の補完的役割としてオンライン診療を許容するということで方針転換が行われ、以降、少しずつ許容されるようになって来ている。
大きな進展があったのが、2020年(令和2年)4月10日の「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診察等の時限的・特例的な取り扱いについて」(厚労省事務連絡)であり、初診も含めて時限的には可ということになる。さらに、2022年(令和4年)1月の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」で、恒久的にも可となった。要するに、コロナという「黒船」のお陰もあり、半ばやむにやまれず、役所の姿勢も少しずつ柔軟になって来たということになる。
注意すべき点は、オンライン診療というのは、基本的には「ビデオや映像を利用したリアルタイムな診療」を示すということである。医師と患者が同じ場所で対面して診療行為を行なうのが当然というところからスタートして、場所の制約こそ取っ払われたものの、リアルタイムであるところは対面と同じということになる。
次の段階において議論すべきことは、「リアルタイムでなくてもいいんじゃないの?」ということである。医師ー患者間でのテキスト・チャット等でのやり取りによる「非同期コミュニケーション」によっても診療行為は成立するということになれば、患者サイドの選択肢はさらに広がることになるが、日本ではまだそこまで完全にオーソライズされるには至っていない。
日経新聞の記事にあるエムスリー他による「オンライン健康相談サービス」は、「遠隔健康医療相談」に分類されるものであり、医師による診療行為とは異なる。したがって病気の診断や薬の処方はできない。あくまで相談だけ、診療を受診した方が良いのか相談できるだけである。それでも、わざわざ医療機関に行くことを考えれば、患者サイドの利便性向上に資することは間違いない。
サラリーマンなどの場合、ちょっと病院に行くだけでも、平日ならば、有給休暇を使って半日なり終日なり休まないといけなくなる。地方であれば、往復の移動の手間やコストも馬鹿にならない。
もちろん、可能ならばリアルに病院に行って、対面で医師の診療を受けられるならばそれがベストなのはわかり切っている。それが難しい場合、そこまでやる必要があるか判断できない場合の選択肢として、「オンライン診療」(同期、非同期を問わず)、「遠隔健康医療相談」がもっと普及しても良さそうな気がする。ゼロか100かの議論ではない。リアルな診療行為を原則としつつも、それの代替手段であったり、補完する手段が選択肢として普及すれば良いだけのことなのである。
こういう当たり前のことが、日本の医療ではなかなか実現しない。既得権益を守りたい人たち、目の前のお客さん(患者さん)が他所に取られることを嫌う人たちの意思が働いているとしか考えられない。
たしかに「オンライン診療」「遠隔健康医療相談」などが普及すると、IT化についていけないロートルな医師は駆逐されるかもしれない。物理的な距離が制約にならないから、遠くても優秀な医師に診てもらいたいと考える患者が、一部の少数の医師のところに殺到する可能性もある。いずれも他産業では日常的に当たり前に起きている競争原理が医療の世界にも導入される。単にそれだけの話である。
日本の医療の世界では、その当たり前がなかなか進まないのだ。