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「キャッシュ・イズ・キング」について

「キャッシュ・イズ・キング(現金こそ王様)」という言葉がある。「利益は意見、キャッシュは事実」(英語だと、「Cash is reality. Profit is a matter of opinion.」となる)とも言われる。それくらいに、企業にとって手持ちの現預金が重要だということである。

会計基準は、ある意味、いい加減なものである。その時々の諸事情や世間の空気によって、わりと頻繁に「ちゃぶ台返し」のようなルール変更が行なわれることがある。

たとえば、1998年(平成10年)に「土地再評価法」という法律が公布された。これは、従来は取得価格のまま計上されていた保有土地の簿価を時価で再評価することにより、主に金融機関や業歴の長い事業会社の資本を貸借対照表上で増強することに狙いがある。もちろん、元々が時価評価されるべきものであったとは理解できるのだが、法律が導入されたタイミングを考えると、当時は、「これは、決算書の「お化粧」をお上が公認したようなものだ」と思ったものである。

会計基準は、国によっても、まちまちである。日本では、「企業会計原則」に基づき「企業会計基準委員会(ASBJ)」が制定した「日本会計基準」が一般的に用いられるが、米国には「米国会計基準」があるし、その他にも「国際会計基準(IFRS)」というのもあって、それぞれ微妙に内容が異なる。専門家以外の一般の実務家にとってはかなり面倒くさい。準拠する会計基準が異なる場合、単純に並べて比較するのは難しい。

今回のリース会計基準の変更議論については、海外の基準に合わせた動きであり、原則的には何ごとも可能な限り「オンバランス」にすることで、「オフバランス」、つまり簿外のわかりにくい取引を極力少なくするという考え方に沿ったものである。このこと自体は、よく理解できるので、僕としては何も異論はない。

ただし、企業の資産・負債を何でも貸借対照表に計上すればいいという考え方には限界があるということも容易に理解できる。金額換算できないものは、どうしようもないからである。人材、それにノウハウ、ビジネスモデル等の多くは資産計上できないと思われるが、実はそれらが企業の屋台骨を支えている可能性は十分ある。昨今のIT企業やプラットフォーマー等は特に当てはまりそうである。これらの会社の場合、伝統的な大企業みたいに多額の有形固定資産を計上していないが、それは「見えない」(=金額で計算できない)資産をより多く持っているということかもしれない。

で、冒頭の「キャッシュ・イズ・キング」に戻る。会計基準が変われば、損益計算書上の「利益」も変わってくる。過去の設備投資に伴う減価償却費や、特定の事業部門の業績不振による減損処理で「赤字」になったとしても、それらはキャッシュアウトしているわけではない。むしろ、どちらかと言えば、税金の社外流出を抑制する効果があったりする。

逆のケースもある。保有している株式の時価が上昇して、有価証券評価益を計上したとしても、実際に売却しなければ手元にキャッシュインするわけではない。単なる帳簿上の「利益」にすぎない。先ほど書いた土地の時価評価だって同様である。企業がおカネに困って、土地を売却することになったとしても、実際に買い手が現れて取引成立しない限りは、キャッシュは手元に入らず、資金繰りに充てることはできない。しかも、不動産というものは、多くの場合、売りたい時に売りたい価格で売れるとは限らないものである。

企業は、もしも資金ショートしたら、即座に「ゲームオーバー」となる。いくら名目上の「利益」をたくさん計上していても、資金繰りが続かなければまったく意味がない。世の中に黒字倒産する会社は少なくないのだ。

以上のようなことを考えると、信用できるのは現預金だけということになる。実際、僕は銀行員時代、取引先の資金繰りを何よりも最重要視していた。損益計算書に計上している利益などは、いわば参考程度でしかない。最低でも半年、できれば1年先までの資金計画を提出してもらい、毎月の計画・実績を照合して、予実差異を細かく検証していたものである。決算書は過去の実績、それも会計ルールに基づいた便宜上の数字にすぎない。そんなものを眺めていても、取引先の未来予測はできないのだ。

コロナ渦のような先が読めない環境においては、借入を増やしてでも、手許の現預金を平時よりも厚めに確保しておいた方が安全であろう。一時的に売上が激減するような危機的な事態に陥ったとしても、企業を存続させなければならないからである。「継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)」の観点からも、現預金を潤沢に保有している企業は、有事においては投資家から高く評価される。

一方、平時において現預金を必要以上に抱え込んでいたとすれば、投資家からネガティブな評価をされることになる。さらなる業績向上や企業の成長のために必要な投資を怠っていると判断されるからであるし、さしあたっての投資対象が見当たらないのであれば、増配するか自社株買いをやって株主に還元しろということになる。

いずれにせよ、キャッシュフローと現預金残高は、「嘘をつかない」というのは事実である。複数期のこれらの推移を眺めていると、その企業が何をしたいのか、何をしようとしているのかが浮き彫りになってくるものである。

そうなると、貸借対照表や損益計算書は何の役にも立たないかとなると、それも違う。世間の投資家たちは、これらの数字、特に業績予想と比べた利益数字の達否達成状況をシビアにチェックしているし、それによって株価は上下変動する。企業もまた、投資家がどういう見方をしているのかを熟知した上で、多少なりとも投資家からの「見映え」が良くなるように苦心惨憺する。

その「苦心惨憺」が、会計基準の範囲内であれば問題がないのだが、そこから逸脱したことをやろうとしたり、事実と異なる操作を試みたりすると、それは不正会計ということになる。

先ほども書いたように、頻繁にルール変更が行なわれるので、ギリギリ塀の上にとどまるか、塀の向こう側に落っこちるかは、実は微妙な差異に過ぎなかったりする。もちろん、過失・過誤であっても、ルール違反には違いないし、免責されるものではないが、故意・悪意に基づき投資家を欺く行為と一緒にするのは少々酷であろう。

もしかしたら、現在の会計基準は、あれもこれも盛り込みすぎであり、にもかかわらず盛り込めないものが大きくなりすぎてしまい、制度疲労を起こしてしまっているのかもしれない。


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