【小説】 猫と手紙 第11話
第11話
彼女は今日もカレー屋で会った時と同じあの黒いヒラヒラとしたワンピースを着ていた。
急にこんなタイミングで話しかけられてびっくりした。
言葉がすぐに出てこなかった。
彼女は僕のカゴを覗き込んで、
「カレーですか?」
と聞いてきた。
僕は無視もできず
「……なんか作りたくなって」
と、それだけポツリと答えた。
彼女は、
「食べてみたい!」
とキラキラした瞳で僕の方を見ていた。
まだ会って二度目だというのに、そんな事を言っていた。
彼女は懐っこい小動物の様だった。
「えっ? ああ……別に、良いけど」
僕は彼女の純粋な眼差しにそう答えていた。
それにどうせ作った所で食べきりもしないカレーだし、ちょうど良いというのも頭をよぎった。
彼女は、
「本当に良いの? 食べに行っても? 今から!」
と驚いた様な感じで言った。
僕は、その彼女の勢いに圧倒されながらも、頷いていた。
レジに向かいながらも僕は今自分に起こっている状況に混乱していた。
……今日の僕はどうかしている。変な事になった。
自分で良いとは言ったものの、急に誰かの為にカレーを作る事になるなんて。こんな夜中に。
しかも、ほとんど話したことのない彼女を家に招くなんて。
自分も、自分の行動の訳が分からなかった。
ふと我に帰ったが、嬉しそうにする彼女に、やっぱりやめた。とは言いづらかった。
会計を済ませ、暗い帰り道を彼女と並んで歩いた。
カレー屋では黙々と食べて喋りはしなかったので気づかなかったが、彼女はお喋りだった。
家へ向かう道、彼女はずっと喋っていた。
「この辺に住んでいるの。もう少し歩いた先、あ、あの家!」
彼女は随分昔から建っていた事を思わせる、趣のある家を指して言った。
……ああ、近所だったのか。
こんな夜中に出歩いて何をしているのかと思った。
今は大学生だという彼女は、僕より7つ年下だった。
多分友達と飲んでいたか何かだろうか、少し酔っ払っている様で上機嫌だった。
僕があまり興味なさそうに話を聞いているのも気にしていない様子だった。
僕はカレー屋で態度の悪い所と、かっこ悪い所どちらも見られているので今更取り繕う気も無かった。
気を使わないで良い分、今はちょうど良い相手だった。
よく知らない、僕の態度を気にも留めない彼女は、隣を歩いていても苦じゃない存在だった。
彼女の話は他愛のない話ばかりだった。
自分の家やこの道に咲いている花の話をした。
彼女は花に詳しかった。
彼女は一生懸命説明してくれていたが、辺りは暗くて花は良く見えなかった。
楽しそうに笑いながら喋り続ける彼女と、適当な相槌で話を聞いている僕。
僕たちの声しか聞こえないシンとして静かで暗い川沿いの道を、僕らはゆっくりと歩いて家へと向かった。