
【小説】 猫と飴 第6話
第6話
家に帰ると、彼女は何かご機嫌そうだった。鏡の前で洋服をあてて見ている。
「どうしたの? 何かいい事でもあった? ……それ、新しいワンピース?」
「うん! お出掛け用に買ったの! 今度は友達と旅行に行こうと思って」
……またか。
「いつ行くの?」
「なんと!! 明日から!」
「明日?!」
「ふふっ。ビックリした? 今日ね、仕事の帰りに久しぶりに大学の時の友達にばったり会って、なんか話してたら、たまたま明日は休みが一緒だったの。じゃあ、もう温泉でも行っちゃう? って、なって。だから、弾丸旅行!」
彼女は浮かれていたけれど、そのテンションに全くついて行けなかった。
「ふ〜ん。楽しんで来てね」
僕は自分の部屋のドアを開けて、浮かれている彼女から逃げるように、自分の部屋に入った。
猫だとでも思えばいい。すぐにどこかに行ってしまう、彼女の気持ちは分からない。
翌日彼女は旅行に出かけた。
旅行から帰ってきて彼女はまた物を増やしていた。
友達との旅行の記念に買ったとリビングに置かれた、変なポーズをした狐の置物は、僕を小馬鹿にしている様にも見えた。
狸の置物と何が違うのか、僕には良く分からない。
僕はいつもより仕事場に長居する様になった。自分が求められる場所にいると安心した。
そういう日が、少しずつ僕の苛立ちを積もらせた。
今日もいつもの様に仕事をこなして、家に帰り、荷物を椅子に置いた。彼女はもう家に帰っているみたいだ。
気になり出したら、色々な事が目についた。
飲みかけでその辺に置かれたままのグラスも。あちらこちら、つけたままになっている電気も。
「……飲んだら、片付けてって言っているのに」
独り言を言って、テーブルに置いてあったグラスを洗った。
もういい加減疲れた。彼女といると無駄にイライラしてしまう。自分はこんな小さな人間だったのかな。
僕は、ソファに深く座り大きなため息をついた。
仕事に疲れているのか、何に疲れているのか、自分には分かっていた。