【小説】 猫と飴 第12話
第12話
僕は……きっと彼女より冷静だ。大きなため息をついてから、彼女に返した。
「気まぐれとかじゃなくて?」
「うん。そう思ったら、どうしようもなく今、行かなきゃって思って……迷惑だった?」
彼女は気の弱い小動物のように、不安な顔を見せた。
迷惑かどうかと問われて、迷惑じゃないとは言い切れなかった。やっと僕は自分の中で答えを出したはずだった。
「……」
「……あなたじゃないと、ダメなんだけど」
「……君は、僕なんていなくても充分楽しそうだけど」
彼女は少し沈黙してから
「……まだ……すごく、好きなんだけど、迷惑かな?」
と言った。
彼女の瞳は、こぼれ落ちそうな程に涙をいっぱいに溜めて、僕の瞳を強く射抜くように見つめていた。
……初めて、彼女からはっきりと強く気持ちを伝えられた気がする。
彼女は、僕の心にたくさん傷を作る。悪気なく。
ボロボロにされるのに、耐えられなかった。
いつもイライラしてしまう自分を抑えないといけないと、葛藤していた。
僕のこの気持ちは、彼女にどれだけ届いていただろうか。
彼女には怒っていた。不満があった。
彼女の言動に『傷付いた』と言葉にしてしまうと、酷く自分が壊れやすいものになってしまうみたいで、認めたくなかった。
『怒っている』の根源はきっと、『悲しい』や『寂しい』だ。
ずっと張り詰めていた気持ちが少し緩んでしまったのが分かった。
ずっと僕の求めていた、彼女から僕に対する強い気持ちを聞いたから。
——やっぱり結局、僕は許してしまう。
一緒に居たいと思う。
気まぐれで可愛い顔を見せる彼女が、愛おしかった。
嫌いになんてなれない。
無かったことになんて出来ない。
忘れられなくて、今でもまだ僕の足に思い出が絡みつき、心を囚われていた。
彼女は、小さな手を僕に伸ばした。
その彼女の手は、柔らかくて、小さな爪は短く美しく整えてあった。
——そうだった。
僕を引っ掻く、尖った爪は無い。
僕を蔑ろにしているように見えた行動も、彼女はいつだって彼女らしく生きていただけだった。
——何かのせいにしたかった、自分がまた居た事に気がついた。
起こっていた事実以上に、僕の感情が彼女との世界を悪く濁らせていた。
僕の思考と、世界の境界線は曖昧になっていた。
悪い事なんて起こってなかったのに、勝手に不安に思っていた。
気付いたら同じ場所に迷い込んでいた。
いつも堂々巡りで、そこから引き上げてくれるのは、いつも彼女だ。
僕は彼女を引き寄せ、抱きしめた。
押し込めようとしていた、僕の本音。
「他に好きな人が出来たっていうのは……嘘なんだ。ずっと、君を想ってた」
——ごめんね。傷つけていたのは、僕だ。
続けて言葉にしたかったけれど喉の奥が、ぎゅっと締め付けられるようで、声となって出てこなかった。
可愛く、無邪気でいつも一生懸命な彼女。
彼女がずっと好きだった。一緒に居たかった。
簡単だけど、忘れかけていた単純な事。
僕たちは、ただ無言で甘いキスをした。
時に目を合わせ、
何度も。
目を瞑って、余韻を噛み締める。
体は、口から出る言葉より正直だ。
このまま、この場所でずっと浸っていたい。
目を閉じる瞬間の彼女は、息を呑むほど美しかった。
きっと彼女がくれた飴よりも、ずっと甘いキスだった。
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