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【小説】 猫と手紙  第12話

第12話

彼女と歩く夜道は、何だか時間の存在しない世界の様にも感じた。

彼女と川沿いを歩いた時間は、この現実の時間としてどれぐらい経っていたのか。
30分だったのか、1時間だったのか。それとも、たったの5分程だったのか。そう思ってしまうくらいに不思議な感覚で、気付くと僕たちはマンションの前に立っていた。

「すごい! 良いマンションだね!」彼女は、やはり僕に喋りかけ続けていた。
僕にとってここは、ただ毎日寝に帰るだけのただの家だ。
僕はそう、心の中で彼女に返事をした。

ドアを開けてから僕は思い出した。

飲んだまま出てきたのでテーブル周りは、ぐちゃぐちゃに散らかっていた。

普段はそんなに散らかす事もなかった。物は少なく、置く場所もきちんと決めていた。ごちゃごちゃと物があるのは苦手だ。

先ほど飲み散らかしていた、空き缶とゴミを慌てて片付けたが、彼女はあまり気にした様子は無かった。

先ほどまでおしゃべりだった彼女は、興味津々にぐるりと部屋を見渡していた。

見渡した所で面白い物も何も無いのに。

僕は何かを熱心に集めるわけでも、家電やインテリアにこだわりがあるわけでも無い。
シンプルで生活に困らなくて、整っていればそれで良かった。
唯一、休日に読む本が並ぶ本棚くらいは多少充実していた。

僕はざっと片付けを終えると台所に立ち、先ほど買った材料を袋から出して早速作る準備を始めた。
すると彼女は僕の横にやって来て、
「手伝うね!」
と言って張り切って腕まくりを始めた。

手伝う気だったのか。

まあ、ちょうど良い。僕も別に料理が得意なわけではない。
二人でやった方が早く出来る。
僕はあまり自分で使う事の無かった小さめの包丁を彼女のために出した。
すると手を洗って、準備万端といった感じの彼女がジャガイモの皮むきを始めた。
彼女の手つきからは、普段は料理をしないのだな。と感じ取れた。
少し危なっかしい手つきに僕はハラハラした。

けれど、彼女は楽しそうだった。
ジャガイモと格闘する彼女のその瞳は真剣だ。
ひとつ剥けるたびに僕に誇らしげに見せていた。
ひとつに何分かけているのだろうか。と思うジャガイモは、彼女の自信作の様で綺麗にまな板に三つ並んでいた。
無邪気に子供の様にはしゃぐ彼女を見て、
気付くと僕も笑っていた。


 二人で作ったので思っていたよりも早く、簡単に出来た。

炊き立てのご飯を彼女が器によそい、僕に渡してくれた。
出来上がったカレーを器によそいながら、今更ながら自分の不思議な行動に面白くなり、ひとりでクスリと笑ってしまった。

こんな時間にカレーなんて。しかも人を招き入れて。
そもそも、こうなった始まりは何だったのか。

そんな考え事をしていると、彼女の渡してくれた器を取り損ねた。

カチャンッ。と音を立てて器は割れてしまった。

「ごめんなさい。」
彼女は、慌てて割れた破片を拾おうとした。
僕はとっさに彼女の伸ばした手を掴み、その欠けた破片を触らない様に止めた。
僕がぼんやりと考え事をしていたせいだ。

彼女はギリギリ破片に触れていなかった。
良かった。触れていなくて。

彼女の皮膚は、簡単に切れてしまいそうなくらいに柔らかかった。

僕はとっさに握りしめてしまった手を離し、
「謝らなくて良いよ。別に君は全然悪くないから。向こうで座って待っていて」
と言って割れた器を片付けた。
 
 僕は使えそうな器を出してカレーをよそい、テーブルに並べた。

このテーブルを誰かと囲うことは普段は無かった。
そもそも家に誰かを招く事がない。

向かいに座りあうと、カレー屋でのデジャブの様に感じた。
今度は僕の家でカレーを一緒に食べる事になるなんて想像もつかなかった。

お喋りばかりする彼女のおかげか、あの時の様な気まずさは感じなかった。
喋りかけてくる彼女を、面倒だとも今日は思わなかった。

僕は両手を合わせ、心の中でいただきます。と言って食べ始めた。

彼女は声に出して、
「いただきます」
と言って食べ始めた。

カレーをスプーンですくいながら、彼女の様子をチラリと見た。
カレーを頬張り、
「美味しい!」
と言って食べる彼女の表情は、幸せそうだった。

彼女の表情を見てまた少し、僕の口元は緩んでいた。


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