小町への手紙
数日前から以前のようなご飯が食べられなくなっている小町、いろんな種類のおやつを試したり、ちゅ〜るで誘ってみたり、手からあげてみたりなどしてなんとか食べてもらっていたのですが、今朝方からついに、固形物は完全に受け付けなくなりました。
昨晩の夜から、ここ24時間でもう10回以上吐いています。ちゅ〜るはなんとか舐めるものの、ちゅ〜る摂取量<吐く量 といった感じで、明らかにげっそりしています。これはいよいよ、と母と話していて、もう何度目かの覚悟を決めつつも、やりきれない思いで押しつぶされそうです。
背中を撫でれば手のひらにあたるのは肉というより骨という感じで、もっちりボディが取り柄だった小町も、見るからにおばあちゃんという感じになってきました。
ターミナルケアにあたり、何をしたらいいのか、というかできることは片っ端からやってみているものの、それでも拭いきれない不安を、小町への手紙という形で鎮静化できないか試みようと思います。自分の不安を言語化したら、少しは落ち着くかもしれないので。
小町さん、私はあなた以外の猫をあまり知らないけど、あなたは多分、猫の中でも変な猫です。
水を飲むとき必ず手で皿を引き寄せるのは、自分が飲みやすい位置に調整しているようにも見えるけど、50%の確率で器をひっくり返して床をびしょびしょにしてますね。あれはもしや、水を飲む位置を調整しているわけではなく、床を拭く人間を見たかったからですか?
またあなたは、普段名前を呼んでも無視するくせに、人間が机の上で作業を始め、集中しかけたタイミングで邪魔をしにきます。机の上に広げたノートに寝そべるのは私が高校生の時からずっと同じで、今も、この文章を書きながら、片手で小町の身体を押さえています。
お風呂に入れられるのが嫌いだったのに、人間がお風呂に入る時にドアの前でじっと待っていたのはどうしてなんだろうと、ずっと思っていました。あれは人間が酷い目にあっている (体を洗われている) と思って、心配していたんですか?
それからあなたは、母が本を音読し始めると、決まって机の上に飛び乗って、母の声をじっと聞いています。私も、小さいときは母に絵本を読んでもらうのが好きでした。朗読を聞くあなたの様子は、猫っていうより人間の子どもみたいだったけど、内容はちゃんとわかってたのかな?
ご飯を食べる時のゆらゆら揺れるしっぽや、窓の外に鳥を見つけた時のピンと立ったしっぽは、時に人間の言葉より雄弁にあなたの感情を表していましたね。私にもしっぽがあれば、喋りたくない時に便利だなーと思ったりもします。
あなたは家族の中で一番長い時間をともに過ごした母のことが大好きだけど、ごくたまに、5%くらいの確率で、夜寝るときに私の方にきてくれましたね。そういう夜、私は学業でいい成績を修めた時より、仕事で成果を上げ偉い人に褒められた時より、何倍も価値のある自己肯定感を得ることができました。
あなたは私にとって、一緒に育ってきた姉妹のようであり、子どものようでもあり、よき相談相手であり、友達のようであり、時には哲学者のような顔するあなたを先生と読んでみたり、「猫」という器に収まらないいろんな面を見せてくれました。
高校二年の春、あの日出会わなければ、一生知ることがなかったかもしれない、与えるだけで満たされる愛と、いつか来る喪失に対する心構えのようなものを教えてくれました。もっとも、これはまだまだ実践に至ってはいませんが。
猫による喪失は猫でしか埋めることができないというけれど、あなたがいなくなった後の穴は、どんな猫をはめてもうまく塞ぐことはできないでしょう。なんせあなたは猫にしては顔が丸く、尻尾も長いので、スタイリッシュな猫が来ようもんなら、小町の形に空いた穴に対してスカスカの隙間ができてしまうんじゃないかな。
若い頃頭の上にあった模様はついに完全に消え失せて、ただの真っ白な猫になってしまったあなただけど、何十年後かの未来、天国に行けるかどうかの試練で1億匹の白猫の中から小町を見つけなさいと言われたとしても、私はその試練をクリアできる自信があります。それほどあなたは特別な、唯一無二の存在です。
私たちのところに来てくれてありがとう。たくさんの幸せをありがとう。
小町の人(猫)生がどうだったか、いつか空の上で教えてください。