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2022.3.18 焼きトマトとしらすのスープ、汚れの解像度

昨日に続き、しらすと野菜のスープ。輪切りトマトをオイルで焼いて、水を加えて煮て、しらすを加えて塩で味つけ。トマトを崩しながら食べるとうまみがスープに溶けこんでいき、ほのかな酸味がとてもおいしい。トマトの種は少し抜くことで、焼き色をつけやすくしました。酸味をマイルドにするための、ちょっとしたひと手間です。

先日、雑巾がけをしているとき、床にくっついた小さな汚れを発見しました。どうやら、ワックスのべたべたが埃を巻き込んで、床にこびりついているような状態です。力を入れてしっかり磨いてやると、気持ちよくとれます。そのときふと、以前の私だったらこの汚れは見えていなかっただろうなと思いました。

私はあちこちで公言していますが掃除が苦手で、以前は掃除をする、ということが目的になっていました。でも料理家になると撮影や取材で人が家によく来るし、きれいに、そして衛生的にすることが仕事として大事になってきます。そういう掃除の仕方をしていたら、汚れに対する解像度がちょっと上がったようです(ほんのちょっとですが!)。

紙くずをくしゃっと丸めたものが部屋に転がっていたら、たいていの人は拾ってゴミ箱に入れるのではないでしょうか。でも、1/10の大きさだったら、1/100の大きさだったら、1/1000の大きさだったらどうでしょう。どこからゴミとして認識できるかは人によってだいぶ違うはずです。きれい好きな人は小さなほこりや髪の毛1本も見逃さない、逆に汚部屋に住んでいるような人はおそらく、紙くずや食べかけの皿が床に落ちていても片づけるゴミや汚れとして見えていないのでしょう。つまり掃除は几帳面とかだらしないという話ではなく、「解像度」の問題なのです。

普通の人が日記に「今日はなにもない一日だった」と書くような一日の中に、小さなほこりのようなできごとや感情をみつけて「なんだろう」と近づいていったり、他のものとのささいな違いに気づいてそれを綴っていくのが、文章の上手な人です。芸人さんがいつも面白い出来事に,出くわしているのはお笑いへの解像度が高いから、面白そうな場所や人を嗅ぎつけます。料理人は5mmに切ったじゃがいもと8mmに切ったじゃがいもをはっきり違うものとしてとらえています。何かひとつのことに秀でた人は他のことも上手にできる、というのもそれに近い話かもしれません。

こんなことを書きながら、今日は天気のせいか朝から調子が悪く、私のキッチンはとっちらかっています。こんなときはスイッチを切って、そうじは明日に回すのが得策。はい、もう何も見えなくなりました。





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有賀 薫
読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。