添削屋「ミサキさん」の考察|7|「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」を読んでみた⑦
さて、実際の作家の方の文章を勝手ながら例にあげて見てみましょう。
桐野夏生さんの話題作『日没』の一節より。
短い引用ではありますが、作風に合った過不足のないきびきびとした文章ですよね。
ところで、ためしにこの文章で、漢字にできるところを全部漢字にしてみます。
(見た目・体裁を合わせるために、網かけの引用形式で表示します。)
いかがでしょうか?
判断はおまかせします。
作家がどのように表記するのかは誤字でない限り現在も自由ではあると思うのですが、表記ルールのようなものが一般化していなかった時代でも、よく見るとひらがな表記をあえてしているのが案外多いです。
先に私は『近代文学を読んだので、漢字表記がよいと思っていた』というようなことを書きましたが、よく検討してみるとそれは思い込みだったような気がします。
いわずと知れた太宰治『ヴィヨンの妻』の一節。
話はいきなり脱線しますが、いやいや、やはりうまいですね。好き嫌いはともかく、太宰の文章のうまさは皆が認めるところではないでしょうか。
最後の段落は、何とこれで一文です。それでも読みにくさをまったく感じさせない、さすがです。
話を戻すと、現代の表記ルールでほぼ使われなくなっている「事」や「無」を使用している他方、漢字にできるものをあえてひらがなにしているのが目立ちます。
こういう名文を読むと、現代作家ももっと自由でよいような気もしますが、添削屋「ミサキさん」は「事」や「無」などは手を入れさせていただいています。
それはともかく、この文章は女性の一人語り(一人称)という特殊性もあるかとは思います。けれども「見た目」だけからいっても非常に読みやすいですよね。
ただし、太宰のとくに中期の作品は、美知子夫人が太宰から口述筆記したものも多数あります。美知子夫人の機転もあったかもしれませんし、当時の編集者の判断もあったかもしれません。
そこまではここでは調べません。
ただ現在読んでみてどうか、というところで参考にしてみてください。
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