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【インタビュー】船乗りの誇り! 外航船機関士さんに聞きました

はじめに

貿易立国・日本。
輸出入なくして私たちの生活は成り立ちません。
けれど、国際物流のほとんどが海運によって担われているということは、あまり知られていないですよね?

今回は、そんな縁の下の力持ち、外航船機関士の井上俊一さん(仮名・32歳)にその誇りと面白さについて存分に語っていただきました。

(この記事はクライアントさまの許可を得てnote上に公開しています)

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まず海運業について教えてください

三咲:現役の船乗りさんにお話を伺うなんてはじめてです。よろしくお願いします。

井上:よろしくお願いします。

三咲:さっそくですが、海運業について教えていただけますか?

井上:はい。
海に囲まれた日本、外国との輸送は船か飛行機しかありませんが、全ての輸送量の99.7%が船になります。時間はかかりますが、安価で大量に運べるという利点から、船が輸送のほとんどを担っています。飛行機だと、高くて軽いもの、さらに急ぎの物しか送るメリットがありません。

三咲:全輸送量の99.7%! ほとんどじゃないですか。

井上:そうです。なので、船での輸送ができなくなれば、日本の経済が麻痺します。船で運んでいるのは石油や天然ガス、鉄鉱石や自動車、食品でいえば大豆や小麦など、海外からの輸入に頼っているものばかりです。これらがなくなれば、日本人は原始人みたいな暮らしになります。

三咲:本当ですね。生活の根本です。スーパーに行ったって、輸入品は多いですものね。申し訳ないけれど、これまで深く考えたことありませんでした。

井上:島国の日本は、船の輸送によって支えられていますが、そのことを日本人のほとんどが分かっていません。トラックが荷物を運んでいるのは、何となくイメージがつくでしょう。それは街を歩けばトラックが多く走っているからです。

しかし、日常生活で船を間近に見ることはなかなかありません。さらに言えば、親戚にも、ご近所にも、船乗りをやっている人間などおらず、話を聞く機会もないのが現状です。船や船乗りが身近に感じられない、これが日本人に知られていない一番の原因でしょう。

三咲:たしかに。

井上:日本の船会社は、世界トップレベルです。日本の大手の海運会社は、海外でもよく知られています。しかし、当の日本人は、船会社の名前を聞いても、ちっとも知らないです。海運で世界を引っ張っているはずの日本人が船のことを知らないのは、あまりに悲しいことです。

三咲:今日はぜひいろいろ教えてください!

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機関士のお仕事について聞かせてください

三咲:井上さんが担っておられる機関士のお仕事について詳しく教えてください。

井上:それでは機関士の仕事について説明していきます。

船には機関室と呼ばれるところがあり、そこには様々な機械があります。一番大きいのがプロペラを回す主機(メインエンジン)です。一般的にディーゼルエンジンが使われており、高さは15メートルくらい、幅10メートル、長さは20メートルくらいあります。

主機に関わる補機として、燃料や冷却清水を送るポンプ、始動用の圧縮空気を作るコンプレッサーなどがあります。他にも、船内の電気を作る発電機、加熱用の蒸気を作るボイラ、海水から真水を作り出す造水器など、多くの機器が機関室にはあります。

それらの機器をオペレーションや監視、時には整備を行うのが機関士の役割です。また、トラブルが起きれば、不具合を解決して復旧するのも大事な役目です。船は24時間動いていますので、トラブルが発生すれば真夜中でも対応しないといけません。

三咲:井上さんが機関士というお仕事を志されたきっかけは何ですか?

井上:私が機関士を志したのは、大学生の時です。元々は機械の勉強をしたいと思っていました。大学受験の時に、船のエンジンの勉強ができる大学の学部を知り、半ば興味本位で受験して通うことになりました。

大学一年生の時に、一ヶ月間の船舶実習というものがありました。大型の練習船に乗り込み、実際の船で生活をし、実技や知識を教わる、本格的な実習です。神戸港から釜石港、東京を経て横浜と、日本中のあっちこっちを航海しました。そこで、ダイナミックな機関室に感動し、船の面白さに惹かれ、船乗りになることに決めました。

三咲:もともとは機械がお好きだったんですね。
船舶職員には大きく分けて航海士と機関士があると聞きました。
船はいったん出航したら24時間海の上ですよね。タイムスケジュール的にいうとどうなるのでしょう?

井上:基本的には当直体制です。
4時間ごとの3チーム体制で、ゼロヨン当直(0時〜4時、12時〜16時)、ヨンパー当直(4時〜8時、16時〜20時)、パーゼロ当直(8時〜12時、20時〜24時)となっています。

船橋当直について、ゼロヨンが二等航海士と甲板部員、ヨンパーが一等航海士と甲板部員、パーゼロが三等航海士と甲板部員となっています。

機関室当直は、ゼロヨンが二等機関士と機関部員、ヨンパーが一等機関士と機関部員、パーゼロが三等機関士と機関部員となっています。

当直の合間に食事や睡眠、休息を取ります。

また、最近はほとんどの船がM0(マシナリースペースゼロ)を採用していて、夜間には機関室の当直は入らず、無人になります。機関室に異常があれば、部屋の警報が鳴って、知らせてくれます。そのため、機関士は全員デイワークとなり、8時から17時の勤務で整備作業などを行います。

出入港作業やパナマ運河などのシビアな航路を通る時は、「スタンバイ配置」といって、全乗組員が船の各配置につきます。その際は、当直体制やM0体制は関係ありません。

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三咲「スタンバイ配置」というのはどんなものですか?

井上:スタンバイとは簡単にいえば、「エンジンスピードをいつでも変えられる状態」ということです。

大洋航海中であれば、船や岸とぶつかることはないので、スピードを変える必要はなく、スタンバイになることはほぼありません。

出入港や狭水道を通るときなどは、エンジンを頻繁に変える必要があるので、「スタンバイ配置」となります。狭水道の時は、当直航海士、機関士に加えて、船長、機関長が当直に入ります。出入港だと人手がいるので、乗組員全員が船内の各配置につきます。

船橋では船長と三等航海士、船首(船の一番前)には一等航海士、船(船の一番後ろ)には二等航海士、というふうに配置につきます。入港する時などは、それぞれトランシーバーでやり取りし、岸壁と船体の距離を報告したり、係留索(船を岸壁と繋ぎ止めるロープ)を陸に送る指示を出したりします。

機関室も機関士が配置に分かれ、機関制御室(各機器のモニターや、エンジンの操作スイッチなどがある場所)や、機関室上段、機関室下段などに分かれて配置につきます。船橋からエンジンスピード変更の指令があれば、速やかにエンジンスピードを変えなければいけません。

あわせて船の動く仕組みを説明してもよいですか?

三咲:もちろんです。ぜひ教えてください。

井上:車はブレーキとアクセルでスピードを調整しますよね。そして、右や左に曲がる時はハンドルを使います。

船でいえば、スピードはプロペラの回転数によって変化します。プロペラは軸を介して主機(メインエンジン)とつながっているので、エンジンの回転数を変えることで船のスピードを調整しています。後進の時はプロペラは逆回転になります。

車でいうハンドルは、船だと舵になります。映画なんかで、「面舵いっぱい」といって大きな舵輪を回しているシーンがありますよね。舵輪を回すことで、船尾についている舵が動き、船が右や左に曲がります。現代ではあんな大きな舵輪ではなく、車のハンドルようなもので操船できます。

船橋には、舵を動かすハンドルがあり、操舵手が航海士や船長の指示で操作しています。また、機関制御室にエンジンスピードを指令する「エンジンテレグラフ」があり、これは船長の指示で航海士が操作しています。

補足ですが、スタンバイの言葉の由来を説明します。スタンバイは「スタンドバイエンジン」の略です。日本語で「エンジンの側に立つ」という意味です。

昔は文字通り、エンジンの側に立って燃料ハンドルを操作し、エンジンスピードを変えていました。つまり、「エンジンの側に立っているので、いつでもエンジンスピードを変えれますよ」ということで、機関士は船橋に「スタンバイエンジン」と知らせていたわけです。

今はエンジンスピードは機関制御室で遠隔で操作できますので、昔みたいにエンジンの側に立つことはないです。制御室は、灼熱の機関室とは違い、冷房が効いていて涼しいです。

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(↑舵のハンドル。こちらは航海士さんのお仕事)

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(↑エンジンテレグラフ。船橋と制御室に一つずつあり、船橋でエンジン変更の指令を出して制御室で応答するという流れ)

船上での生活はどんな感じですか?

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三咲:海外に出ていく外航船の特色を教えていただけますか?

井上:まず、内航船と外航船の違いを説明します。字の通り、国内だけの港をまわるのが内航船、日本以外の国も奇港するのが外航船です。船会社によっては外航船だけを持っている会社、内航船だけを持っている会社、どちらも持っている会社があります。

大きく違うのは船員の国籍です。内航船は全員が日本人ですが、外航船はフィリピン人やインド人などの海外の船員が多数を占めています。日本人が乗船している船でも、乗組員24人で、だいたい日本人は8人以下です。
あとは船の大きさ、内航船は100mかそれ以下が多いですが、外航船は300m級のタンカーやLNG船、コンテナ船が主流です。

三咲:外航船にはそんなにたくさんの外国人の方が乗っているんですね! 知りませんでした。コミュニケーションはどうやってとっているんですか?

井上:全て英語です。

三咲:すごい!

井上:ただ、フィリピン、インド、ベトナム、インドネシアなど、ほとんどがネイティブでない国なので、Broken EnglishでOKです!

まあ、フィリピン人どうしはタガログ語を使ったりと、母国の言葉を使いますね。もちろん日本人どうしは日本語です。

国は違えど寝食を共にするクルーなので、文化や習慣、宗教の違いなどを認め合わないといけませんね。

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三咲:長期間船の中でさまざまな国の方と生活し仕事をするんですよね。そのことについて印象的な体験があれば教えていただけますか?

井上食事が一番に感じる部分でしょうか。コックはほとんど外国人なので、味付けが日本人の口に合わないことも多いです。
今はコックも教育されていて、日本人好みの料理を作るので問題なくなってきていますが、日本人一人の船に乗っている友達(他はみんなフィリピン人)はとても食べられるようなものじゃなくて、乗船中ガリガリに痩せてました。必ず醤油を持っていくようにすると言ってました。

あ、ベトナム人は美味しいって聞いたことがあります。

国によって思考性も全く違います。フィリピンはとても素直です。面倒見の良い日本人とは相性が良いので、よく一緒に乗ります。ただ、国によっては違う国の乗組員を見下したりすることもあり、仲が悪い国の組み合わせもあります。

インドネシアやベトナムも含めて、東南アジアはイージーゴーイングの考えなので、陽気で、話していて楽しいです。日本の会社みたいに、ネチネチ怒ったりとかする人間もいないですよね。ただ、あまりに楽観的すぎて日本人のような真面目さや几帳面さはない気がします。国民性が結構ハッキリ見えますね。

三咲:陽気なのはいいことですね。でもやっぱり気をつけるべきことはありそうです。

井上:そうですね。あとは宗教について。フィリピンはキリスト教、インドネシアはイスラム教、ベトナムは仏教と、国でだいたい決まっています。日本と違い、信仰心が厚いです。イスラムだとお祈りの時間があるので、プレイルームがある船もありますし、時間になればメッカの方向がどこかGPSで探さないといけません。

イスラム大国のマレーシアに入港する時なんかは、ラマダン(断食)の時期と重なると、港湾関係者も仕事にならないので、何日も荷役をまたされる、なんてことも良くあるみたいです。

お仕事の大変なところと面白いところを聞かせてください

三咲:ではずばり、お仕事の大変なところ、面白いところを聞かせてください。

井上大変なところと聞かれたら、全てが大変です(笑)。

船という隔離された場所にいて、買い物や娯楽施設にも行けず、家族や恋人にも会えず、携帯電話の電波も届かないのでネットやLINEもまともにできません。土日や祝日もなく毎日仕事をし、トラブルが起きれば夜も寝られません。

そして、船の積み荷である天然ガスや石油、鉄鉱石やコンテナ、これらを日本に届けることができなければ、日本のあらゆるライフラインが途絶えます。さらに、座礁して原油が漏れたり、操船をミスして運河を塞げば、世界的な問題となります。このプレッシャーは、並大抵のものではありません。

しかし、日本の生活を支えているという使命感は、何物にも変えられません。

船乗りは皆、例え誰に見られていなくても、褒められることなんてなくとも、日本のために働き、日本を影で支え、それをやりがいとして働いています。

絶対に事故を起こしてはいけないという重圧と、日本社会に大きな役割を担っているという使命感、これらを両肩に乗せ、私達は日々戦っています。

三咲:船乗りとしての誇りと自負がびしびしと伝わってきます。

井上:ありがとうございます。

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(https://unsplash.com/photos/pC5Hwma7Nlw)

井上:船に乗っていて面白いことは、普通の人が見ることができない景色に出会えることです。

どこを見ても空と海の青しかない世界、水平線に沈む夕日、まるで宇宙空間を漂っているかのような満点の星空、心地の良い凪いだ自然に出会うこともあれば、豪雨や白波が荒れ狂う灰色の自然にぶつかることもあります。

大量の船が隙間なく行き交うシンガポール海峡や、バリアリーフの中を突っ切る航路、パナマ運河やスエズ運河などの世界的な要所、そして魅力にあふれた海外の港を訪れることができるのは、船乗りでしかあり得ません。これ以上ないメリットでしょう。

三咲:まさに醍醐味ですね。

井上:そうです。

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井上:次に、機関士の仕事として面白いことを語っていきます。

機関士は基本的に担当機器が割り振られます。一等機関士がメインエンジン、二等機関士が発電機や油圧機器、三等機関士がボイラや造水器などの補機類です。機関長は統括です。

自分の担当機器にトラブルがあれば、自分で何とかしないといけません。陸上みたいに、メーカーのエンジニアを呼ぶことなんてできません。なかなか上手くいかない時は、本当に辛いです。

しかし、トラブルの原因を見つけて直った時は、本当に嬉しいです。自分で解決しなければいけない分、自分の力で直した時の喜びは倍増です。私達機関士は、24時間担当機器と共に生きています。機械への愛着もひとしおです。

船は「つなぐ」乗り物!

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三咲:最後に、読者のみなさんに一番伝えたいことを語っていただけますか?

井上:船は「運ぶ」だけの乗り物ではありません。「つなぐ」乗り物だと思っています。輸送により、国と国をつなぎ、そこで暮らす人と人をつないでいきます。

船乗りは「無冠の外交官」と呼ばれていました。社会的な肩書きや勲章なんて何もありませんが、私たちは国と国をつなぐため、日々働いています。そして、実際に、外国の港の様々な人ともつながることができます。

船の歴史を見れば、外国を侵略してきたという歴史もありますが、ザビエルのようにキリスト教を広めるため、文字通り命がけで航海をしてきた人がいます。まさに国をつなぎ、思想をつなぐ架け橋であったといえます。

船を操縦する場所は船橋(せんきょう)、英語でブリッジといいます。この名前の由来は諸説ありますが、船が大陸と大陸を結ぶ橋みたいな役割をするので、ブリッジと呼ぶというふうに聞いたことがあります。はるか昔から国や人、様々な想いをつないできた船、私もそんな船乗りの想いを多くの人につないでいくことができたら良いなと思っています。

三咲:今日は興味深いお話をどうもありがとうございました!

(了)

*クレジット表記のない画像はすべて井上さんがご自分で撮影されたものです。

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