ご質問にお答えします(20)新人賞受賞への「最後の一押し」とは?
さてはて、今月は僕の出身である小説すばる新人賞の締め切り月ですけれども、応募される方もたくさんいらっしゃいますかね。今年もまた一人(ないし二人)、同じ賞出身の作家さんが増えるのだなあ、と思うと、楽しみでもあり、プレッシャーでもあったりします。あんまり、賞とったそばからばかーんて売れないでほしいよねー。少し苦労しろー(呪)。
ということで、今回は新人賞がらみのご質問をいただきました。それがこちら!ばばん!
おおお、最終選考前、三次選考まで生き残ったとのことで、おめでとうございます! モノカキTIPS、少しはお役に立てましたかね。いやでも、あと一息でしたね。あと一息ではあるのですが、最終選考の壁というやつは、確かに一番高い気がします。最終選考に残った作品は、選考員の先生方が受賞作として選んだら、(多くの場合)本として刊行されることになるわけですからね。
最終選考に残り、そこから受賞に至る作品にあるもの、他の作品との違いは何なのか。どうやってそのレベルに達すればいいのか。今回も、正解のない問いではあるのですが、僕なりの考えをお話ししようかなと思います。
ではいってみましょー。
■現状認識
さて、質問の中に「もう飛べる翼があるのか」という文章がありましたが、「モノカキTIPS第2回」を読んでいただいたんですね。
ここでは、ある程度正しい日本語を使って長編が書けるようになりさえすれば、もうすでに小説家になるための基礎能力、作家として飛び立つための翼は手に入れたようなもんですよ! というお話をしました。質問者さんの作品が三次選考まで残っているのであれば、小説として読むに堪えうるレベルの日本語が使えていて、しっかり物語を成立させることができていたのだと思います。一次落選からいきなり二次突破まで行ったのはすごいですよ! 応募作を書き上げる中で、しっかりレベルアップできた証拠ではないでしょうか。
もちろん、応募作の二次通過理由が「粗削りだけど、アイデアが面白いから通過させよう」だったのか、「作品はもう一歩だけど、基礎はしっかりできてるね」だったのか、それはわかりませんので、「もう商業作家レベルに達しているはず」とは言い切れないんですけども、さすがに基礎もなんもできてない作品が三次には残らないと思うので、ちゃんと小説を一本書ききる力はすでにあるのだと思います。次作もしっかり成長していくことができれば、受賞、デビューも夢ではないですね!
■最終選考に残る作品の傾向
一般文芸の世界でエンタメ作家を目指すのであれば、新人賞を獲って箔をつけてからデビューした方がいいに決まっていますので、狭き門とはいえ、新人賞はぜひ狙いたいところですよね。じゃあ、一次二次を突破するようになって、あと一歩、最終選考に残ったり、受賞したりする作品はどういうものでしょう。ざっくり大きく分けると、僕は二つパターンがあるんじゃないかと思います。
一つは、とにかく総合力が高い作品。
文章力、構成力、あらゆる面で十分プロレベルに達していて、各能力のレーダーチャートとか作ったときに結構大きめの円になるような作品は、当然と言えば当然なのですが、最終選考に残りやすい気がします。え、この人ほんとにアマチュアなの?という応募作があるんですよね。
趣味でずっと文章を書いていて、ハンパな作家より経験値が高い人だとか、若い頃に小説家を本気で目指していて、少し年齢を重ねてから再チャレンジしてみた人とか、そういう埋もれた実力者が世の中にはゴマンといるわけですよ。あと、元・編集者さんなど、ずっと小説や文章にかかわる仕事をしていて、満を持して新人賞に送ってきた、みたいな方の作品も、総合力高めな傾向があるんじゃないかと思います。
こういう作品は、わりと使い古されたネタだったり、特別目新しさがない王道作品でも、ここまでのクオリティ出されたら通さざるを得ないよね、みたいな感じで最終選考まで上がってくることがあるんですよね。で、「もうこの人はプロでも十中八九通用しますけど、本作でデビューさせますか?どうします?」という最終判断を選考員の先生方に託す、という感じになるんだと思います。
新人賞という賞の特性上、やっぱり、これから作家として活躍する人を発掘しようという目的がありますから、若い人だったり、新しい感性、斬新な作品だったりが好まれがちとは思うんですけど、それを総合力でねじ伏せ、応募作の高いクオリティでまかり通る、というベテランの方も多くいらっしゃいます。あ、たまに、「話題になりそうな人を出来レースで受賞させてるんじゃないか」みたいなSNS上の書き込みを見つけたりするんですけど、多くの賞において、選考員の先生方はいい意味で空気など読まず、出版社に忖度などせず、自身が可能性を見出した書き手を推す、ある意味編集部泣かせの方が多い気がします。
なので、難しいことをさらっと言いますけど、とにかく小説としての純粋な完成度を追求することが、最終選考への道になります。レーダーチャートを作ったときの円が真円に近く、大きければ大きいほど受賞しやすい、ということですね。とても単純明快。実際には一番難しいことだと思いますが。
ただ、テーマをしっかり考えたり、綿密な取材をしたり、きっちりプロットを立て、何度も推敲し、と、やらなければいけないこと自体はすごくわかりやすいと思うんですよ。プロと同じことするだけですし。パワーをかければそれだけクオリティは上がっていきますから、とにかく全力で書き続ける、という泥臭いやり方でも、最終選考に近づくんじゃないかなと思います。
そして、もう一つが新人賞ならではだと思いますけれども、なにか突出したところがある作品がよく最終選考に残ります。「なにか」は、アイデアなのか、文章力なのか、作家としての個性、あるいは言葉選びのセンス、題材の斬新さ、構成の妙、いろんな要素があると思いますけど、とにかくなにか一つでも、これまでにない新しさがあったり、今後すごいものを生み出せるんじゃないかというポテンシャルを強く感じさせる作品というのが、新人賞では強いように思います。すごく抽象的になっちゃいますけどね。
例えば、どんでん返しがすごいとか、世界観が強烈でぶっ壊れてるとか、これまでにない切り口でテーマを掘り下げているとか。もちろん、アイデアだけではどうにもならないんですけど、ちゃんとそのアイデアを小説として昇華できていれば、多少文章が粗いとか、読みにくいとか、そういうモノカキとしての基礎性能みたいなところの拙さに目をつぶってもらえたりします。技術面は、プロになって書いてりゃ必ず伸びますからね。
基本、総合力が高い人を選びだすのが巷の「選考」のセオリーだと思うんですけど、こと文学新人賞においては、ポテンシャル採用的に受賞することも珍しくありません。受賞後、基礎的な能力が足りず二作目が書けずに消えていく新人というのが半数くらいいるので、決して効率がいいとは言えないのですが、多くの新人賞では、即戦力だけでなく未完の大器を拾い上げようという意識が強いように見えます。強烈な個性を持ち、化ける可能性のある新人を受賞させようと考える選考員の先生も多いようなので、(総合力のアップはしっかり図りつつも)自分の作家性を強く押し出し、応募作の「ウリ」にとことんこだわるというのも、最終選考に残るための方法論としてありなんじゃないかなあと思います。
■「想い」が大事
と、色々申し上げましたが、すごく正直に言うと、どういう作品が最終選考に残り、受賞作となっていくのかということに、正解も方程式もないと思うんですよ。なので、ここからは、完全に僕の個人的な希望です。
僕は、最終選考という最大の壁を突き破るものは、やっぱり「想い」じゃないかな、と思うのですよね。は?精神論かよ、と思うかもしれないですけど。
ここで言う「想い」とは、小説家になりたい!という「自分の夢への渇望」じゃなくて、応募する原稿、「物語に込める想い」のことです。自分が何を伝えたいのか、どうしてこの物語を書き、世に出したいのか。そういう想いを練り込んだ作品というのは自然とクオリティも上がりますし、粗いところが目立つものであっても、読者の心に引っかかる「フック」を生み出すと思うのです。このフックが、最終選考進出へのカギになります。
僕はデビュー作となる作品を書いているときは新人賞に応募しようと思っていなかったんですけれども、頭の中で物語のクライマックスシーンだけは強烈にイメージできていたので、とにかくその場面を書きたかったんですよね。で、一人だけ、僕の小説を読んでくれる友人がいたので、その人にどうしてもそれを読んでほしかった。実は、応募原稿に着手したのは別の長編を書いている途中だったんですけど、そっちは完成寸前で筆を置いてしまいました。新しい物語を思いついたときに、今書いてる小説なんかよりも、そっちを書き上げたい!そして誰かに読んでほしい!と感じてしまったからじゃないかなと思います。
結局、物語に対する純粋な「想い」の力に突き動かされて完成した小説が応募原稿になり、最終選考に残って、受賞、デビュー作となりました。当時は、賞金欲しい、デビューして有名になりたい、みたいな下心とかほんとになかったですし、欲のなさが奏功して、物語とシンプルに向き合えたのがよかったのかもしれませんね。今は、売れたいし印税欲しいですけどね!
デビュー以降、多くの作品を生み出し続けている作家さんでも、「デビュー作が最高傑作」と世間から評価される方も少なくないんじゃないかと思います。でも、だからといって、デビュー作から技術面で退化していく作家さんなんてまずいないんですよね。
プロになってからは、商業的な事情や、いろいろなしがらみが絡んできて、書き手が自由に書ける機会というのは減っていきます。アマチュアの間に書き上げた作品というのは、制約もなく、書き手の自由な発想のもとに生まれてきたものですし、まだ本になることも決まっているわけではないので、やれ初版部数が、やれ世間の流行が、なんてことを考慮する必要もなく、モノカキが一生で書き残す作品の中で、一番純粋に「書きたかった物語」なんだと思います。
それだけに、生み出す過程では「物語を書き上げるんだ」というパワーがプロよりも必要になります。お金になるかもわからない、日の目を見るかもわからないのに、自分の自由時間を削り、愚直に小説を書く。そういう、強い想いが込められた作品というのは、文章が拙くても、小説としての完成度という面で粗が多くても、読み手に強烈な印象を残す作品になりやすいんでしょう。下読みさん、新人賞を企画する編集部のみなさん、そして選考員の先生方。そういった「最初の読者」の心を強く動かす作品が、最終選考へ、そして受賞へと近づくはずです。だから、「自分の最高傑作を書くのだ」という強い想いを持って、応募原稿を書き上げてみるとよいのではないかなと思います。
■結論
まだまだ成長の余地はあると思いますが、三次選考に残るくらいの力がついているなら、新人賞受賞に至るポテンシャルは十分にあるのではないかと思います。
ただ、最終選考に選ばれる作品はいずれも、「本にして刊行しても大丈夫」というレベルではあるので、その中に残るには、現状から一つ突き抜けていかないといけません。過去、さまざまな新人賞を外野から見てきた限りでは、最終選考まで残ってくる作品というのは、「群を抜いてクオリティの高い作品」か、「なにかひとつでも、強烈な個性がある作品」が多い、という印象です。
僕個人としては、新人賞の応募原稿については、作品の総合力を上げようと努力するより、自分の書き手としての強みを発揮して、「想いを込めた物語」を書き上げてほしいな、と思います。今まで生きてきた中で感じたこと、世界を見ながら常々思っていること。物語として作り上げて誰かに届けたい、と自分が強烈に感じる何かを見出すこと。小説を書き上げるための基礎的な力がついてきた今だからこそ、そういう書き手としての魂、芯の部分を意識して、技術的なことばかりを四の五の考えずに、がむしゃらに物語を紡いでみるとよいのではないかな、と思いました。
ここで諦めずに、ぜひぜひ、頑張ってまたチャレンジしてみてください。
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小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp