2022年華宝会 能「鳥追舟」の鑑賞ポイント
今年も能の舞台で「ワキ方」という役を専門で演じる流派、下掛宝生流の野口家主催の「華宝会」がこの令和4年7月10日に催されます。今回も野口能弘さんと琢弘さんのご兄弟に、会に先んじて曲への思いや演目の見どころを伺いました。
ー 今年の演目が「鳥追船」に決まった経緯を教えてください。
能弘:昨年まで二曲だったものを一曲に絞ったということもあって、ワキとワキツレではなく兄弟2人が両方ワキをできて、かつあまり自分たちがやったことがないということで「鳥追舟」を選びました。シテ方をどの流派にお願いするかにあたっては、観世や宝生では稀に演じられているけれども、金春流では近年では演じられていないということでしたので、今回は金春流にお願いすることにしました。
ー 今回「左近尉」を演じられる琢弘さんは、役に対してどのように思われていますか?
琢弘:下掛宝生流だと日暮殿がワキで左近尉はワキツレですが、他の流儀では日暮と左近尉と役の重さがあまり変わらなかったりする(能ではワキはワキツレよりも重い役)ので、舞台に応じてワキツレの演じ方に準備調整が必要です。僕はこれまで日暮ばかりで左近尉は初めてで、今回の左近尉はワキツレでもワキに近い重さなので、どんな風にするのがいいかなと。前シテで、悪役とまではいかなくても嫌な感じで力強さを出さないと、役の重さが分かりにくいかもしれません。
ー ちょっとヒール的な役として日暮と対比させる、ということでしょうか。
琢弘:そうですね。でも、左近尉は力強くはあるんですが完全な悪者というわけではないんです。日暮の方をワキらしく重くするために、左近尉はワキとワキツレの間ぐらいな感じの重さにする、という感じでしょうか。
ー 具体的にはどのように表現されるのでしょうか。
琢弘:「鳥追舟」は流儀によってワキとワキツレが入れ替わるのが難しい曲なんです。謡などの技術的なところで大きな差はないのですが、役柄の立場の重さによってしっかりめに謡ったり、というような違いがあります。
能弘:僕は役割の違いだけぐらいの両ワキと捉えた方がいいと思うかな。
ー 同じ「鳥追舟」でも流儀によって演じ方に違いがあるということですが、今回の金春流で特に難しいという点はありますか?
能弘:左近尉はあまり感情的にならずに淡々とことを進めていく役なので、ワキ方としては流儀によって何かが変わったり難しいということはないと思います。
琢弘:シテ方の方は流儀によって役のテンションが違うということはあるかもしれませんね。
能弘:実はこの曲、この時代の薩摩の風習の中で起きたある日の出来事、というシンプルな内容なんです。左近尉の言動は一見意地悪そうに見えますが、立場上しかたがないだけで別に親子が憎くてやってるわけではない。なのでワキ方にはあまり感情的起伏はなく、それはシテ方演ずる妻の方が強いはず。鳥を追う風習があって、それにはお金が必要。賄うのは本来主人のはずなのに、留守を任された家臣がそれを持たざるを得ない状況。自分は主人の妻で子供は将来の後継ぎなのにいいように使われてしまうが、事情を知っている手前しかたがない。こんなときにいった主人は何をやっているんだ・・・とか。そういう感情の波の解釈や表現方法はシテ方によって違いがあると思います。
ー 曲の見どころとしては、やはり後シテの日暮が左近尉を戒めようとするところでしょうか。
琢弘:そうですね。ただ、左近尉はあらすじだけ読むとヒール的に捉えられがちですが、先ほどもお話ししたように、ただ役目を果たしているだけで完全な悪者ではありません。鑑賞前の前情報として左近尉の意地悪なところをクローズアップして、勧善懲悪と妻の寛容さと捉えて見てしまうと逆につまらないかもしれません。
能弘:他の仇討ちものなどと違ってワキが成敗されておしまいというものではないので、その辺は頭に置いておいていただきたいですね。
ー 単に悪者の左近尉が最後にどんでん返しを食う、が主題ではないと。
琢弘:確かにどんでん返しになるのは間違いではない。でもそれだけで解釈してしまうと、妻が「あなたも悪いのよ」と止めに入るのが、現代人の感覚では唐突であっさりしすぎに思えるかも。単なる意地悪ではなく時代背景や内情があって、ということも捉えて見て欲しいですね。
能弘:この曲が珍しいのは、シテ方が心情を語るのは他の曲でも同じなのですが、そこにワキが関与していない、という点です。ストーリーの進行は左近尉が進めますが、シテの心情にワキは関与しない。つまり、ワキ方が外的要因を作って、内的要因・心情をシテ方がクローズアップして表現する、という形態なんです。
琢弘:ワキ方は舞台装置的な感じかな。僕らワキは舞台装置で、その中でシテがどういう風に思ったり考えたりするのか。
能弘:物語の中で左近尉は淡々と、それは覆せないことだという体で妻と子供に鳥追いをやらせる。主人は自分の妻子にそんなことさせて、と怒って左近尉を手打ちにしようとするけれど妻が止めに入る。ここは妻の顔を立てて、今まで面倒をみてもらってたこともあるし許してやろう、というようにシンプルに展開して終わっていく。そこにドラマチックなものを埋め込んでいくのは、シテ方の心の動きの表現で、ワキの役目はそのシンプルな場面を展開させていくことだけなんです。
ー 水戸黄門的な勧善懲悪の話とはちょっと違う、ということですね。
能弘:近いけれど、実は誰も成敗されていないんです。丸く収まってしまったので美談になっちゃった、という感じ。それよりは、薩摩のある日ある時起きた出来事の描写、なのだと思います。そのある日の出来事の心情をどのようにシテが表現するかが見どころ。ワキ方には後シテでワキとワキツレの問答がありますが、そこをクローズアップするとすごく単純な話になってしまう。その問答を見ている妻の心情は?というのが面白いところじゃないでしょうか。
ー シテ方の能楽師の方とこういった話を共有したりされるんですか?
能弘:特段そういう内容を共有したりする機会はないですが、シテ方は地謡の中で表現されるんじゃないでしょうね。
琢弘:謡っていて、ここの詞章はそっけないとか意味がわからない部分が結構あるのですが、そこをシテ方の能楽師の方に話すと「ああそういう意味か!」といった発見があったりはします。
ー ワキ方の謡でこの部分が気に入っているというのはありますか?
能弘:後シテの左近尉と日暮の問答で、日暮がだんだん感情を昂らせていくところですね。そこまではなんとか抑えているんだけれど、左近尉を目にしたら我慢ができなくて、というところ。日暮は出てくる部分は少ないですが、この場面での感情の盛り上がりは重くて強いです。