【ニッコールレンズのお話】Nikkor-S Auto 55mm F1.2のこと
【おことわり】
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最近のVoigtländer SLRシリーズレンズが魅力的に見える
コシナのVoigtländerシリーズレンズには魅力的なレンズが多い。2024年のいまとなっては、金属外装のマニュアルフォーカスレンズを国内で製造できる、もはや唯一の会社なのではないか。
いやまてよ。木下光学研究所もあるか……興和オプトロニクスやnittoh(旧日東光学)もそうかも。栃木ニコン、シグマ、キヤノン宇都宮工場、パナソニック天童拠点(山形工場)、富士フイルムオプティックスは「金属外装のマニュアルフォーカスレンズ」を作ることはできるのかな。
筆者がこのところずっと気になっているのは、ニコンFマウント(AI-Sマウント。ただしCPU接点を持つので正確にはAI-Pマウントというべきかも)のマニュアルフォーカスレンズシリーズだ。薄型のCOLOR-SKOPAR 28mm F2.8 Aspherical SL IIs、ULTRON 40mm F2 Aspherical SL IIsとさきごろ発売されたAPO-SKOPAR 90mm F2.8 SL IIsのどれもが、筆者のハートに刺さる。ズキューンときた。VTuberの根本凪ちゃんの次に好き(ここ笑うところ)。
筆者はなにしろ、2024年になっても一眼レフのNikon Dfを後生大事に使っているような人間だから。かつてのゴムローレットのない、非AI方式のボディ用に露出計連動爪を持つニッコールレンズを模したデザインのレンズという存在はとても気になる。ただし、操作性を考えるとゴムローレットのほうが好きだ。寒いところでも使いたいし。高級感の演出や耐久性を考えると樹脂を使わないほうがいいのかも。今後Fマウントレンズの新製品で、かつかつてのフィルムカメラボディでも使える互換性の高いレンズ製品は、ニコンから発売されないだろう。だから、こういう「ニッコールレンズらしいアイテム」はこれからはコシナにお願いするしかないのだろう。しかも、国産だしね。
結局は私は「こういう古い感じのもの」が好きなのだ。そこは素直に認める気持ちになった。
私はいまでも、AI Nikkor 28mm f/2.8S、同50mm F1.8S、同85F2SをはじめとするAI-Sタイプニッコールレンズを使っている。業務にはDタイプAFニッコールレンズだ。それ以前のニッコールレンズはほとんど所有していない。それはなにも「オールドレンズの諸収差」をいかした撮影をしたいわけではないから。
「外装は古めかしくても、描写は最新レベル」というレンズがもしあれば使いたい。GタイプニッコールレンズやZシリーズレンズで撮影して、RAW現像時にシャープネスや明瞭度をマイナス補正してあまやかににじませてもいいのかもしれないが……Zシリーズの私の写真をご所望でしたら、だれか私にZ 9とZ fcとレンズ一式をください! Amazonの欲しいものリストにそう記して公開すればいいのかしらね。
そういえば……Nikkor-S Auto 55mm F1.2を持っていた
そこへ、CP+2023で参考出品されていたNOKTON 55mm F1.2 SL IIsが製品化されると報じられて……ちょっとお! とまたもやうれしくて困ったような声を出した。
私は交換レンズはシリーズごとに揃えたい。色みや描写が大きくことなるものは混用すると使いづらいから。それなのに、Voigtländerレンズを私が揃えていないうちに、値段が張るものが増えちゃったら困りますよ。
そんなことを考えていて、そういえば外装デザインのもとになったであろう、Nikkor-S Auto 55mm F1.2を自分も所有していたことを思い出した。20世紀の終わりごろに、そう書くとものすごく大昔のようだが、Nikon F2 Photomic Sボディといっしょに知人からゆずられたもので、"Nikon"ではなく"Nippon Kogaku"銘の古いモデルだ。
モノクロフィルムで撮って自分でフィルム現像もプリントしていたころは使っていた。ところが、デジタルカメラの時代になってからはほとんど使うことがなかった。AI改造をしていないからニコン純正ボディでは装着しづらいことと、古いレンズなので最新ボディで高速連写などをして、絞り連動機構を万が一破壊してしまうのがいやだから。大切に使いたいのだ。そして、ほかのレンズとは色みがことなるし。
Nikkor-S Auto 55mm F1.2はNikon Dfにはものすごくよく似合う。ニコンから公表された製品写真にも使用されていた。そして、Nikon Dfは非AI方式レンズも装着して、絞り優先AEでも使用できる。kindleのNikon Dfの本を書いたときに装着して試している。上毛電気鉄道デハ101を撮った。さりげなくここにリンクを貼っています。ステルスではない広告です。買ってください。月額制読み放題サービスkindle unlimitedにも対応しております。
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著:秋山 薫
編:齋藤千歳
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無限遠では過剰補正、至近距離では補正不足の球面収差
そう考えながら以前撮った写真を自分で眺めていて、さらにカメラに装着してみたら……令和の自分の視点でこのレンズを撮ってみるとどうなるか、使い心地はどうなのか知りたくなった。巷間いわれていること、伝説だけではなく、自分できちんとたしかめたい。自分で得た知識でアップデートしたくなった。
このNikkor-S Auto 55mm F1.2について設計の経緯や仕様などのくわしくは、ニッコールレンズの設計者のおひとりである佐藤治夫さんが書かれた「ニッコール千夜一夜物語」第49話を参照願いたい。構成は5群7枚。最短撮影距離は60cm。アタッチメントサイズは⌀52mm。1965年(昭和40年)12月に発売されたもので、現在よりも使えるガラスの種類も少なく、非球面レンズも安価に製造する技術がなかった時代の製品だ。
だから、現在の50mmレンズに比べると絞り開放では球面収差により被写体の周囲にフレア(ハロ)が取り巻くような、あまりすっきりない描写になる。いかにも「むかしの大口径レンズ」という感じ。ただし、仔細に見ると解像感はある。
この時代は絞り開放時にも解像感をできるだけ落とさないように、過剰補正型の球面収差補正が好まれたようだ。球面収差をできるだけ抑え込んでいるのが特徴であるという。『アサヒカメラニューフェース診断室』(1967年9月号)にも「球面収差はたいへん小さく」「解像力については(中略)F1.2のレンズとしては上々である。F1.4まで絞ればハロもほとんどなくなり、F5.6あたりで使えば常用レンズとしても一流品といえる」とある。
佐藤さんによれば、近接撮影時には球面収差を補正不足気味にすることで、ぼけをできるだけきれいにしようと努めているのだそうだ。過剰補正だとぼけがきれいにはなりにくい。そういうあたりに設計者の技量が見られるらしい。そういうところは私はじつにうといという自覚があるので、これは佐藤さんの記事の伝聞でしかない。
ぼけ自体はやや二線ボケ傾向にあるように思える。拡散光であればめだたない。背景を工夫しよう。
設計時に登場が予期されていなかったデジタルカメラで使うと、絞り開放時にパープルフリンジも見られる。また、F1.2と大口径レンズであるために周辺光量落ちも大きく、歪曲収差もやや目につく。
外見はやや太めでどっしりしていて、ボディにやや厚みがあるNikon Dfとはじつによく似合う。この太めの最大径も『アサヒカメラ』では「鏡筒は太く、ずんぐりしていて、お世辞にもスマートとは言い難い」と評されている。こういう評者は最近のデジタルカメラ用の、とくにシグマのArtシリーズレンズを見たらどういうだろう。
なにしろ以前、Nikon Fの三角形のデザインを「前面だけ白いのは亡者のマークの三角布のようで縁起が良くない」などと書いて編集部が抗議されたという、2月26日ではないほうの有名な「青年将校襲撃事件」を起こされたほど口が悪いのが『アサヒカメラ』編集部だ。だから、そのあたりは眉につばを塗って読むのがよいだろうか。いまでいうところの「語彙力()」というところか。いくらなんでも言い方がねえ。ジャーナリストが無頓着でえらそうでいられた、おおらかな時代だ。新聞社だったという誇りがあるせいなのか、あそこには、同業他社から見てもえらそうなひとも、むかしはいた。
絞り値で描写の性格が大きく変わる
Nikkor-S Auto 55mm F1.2の描写の話に戻る。『ニッコール千夜一夜物語』で佐藤さんが書かれているように、「各F値による描写が、刻一刻と変化する玄人好みのレンズ」だ。絞り開放でのハロのある描写はF1.4からF2で、あたかも霧が晴れるかのようにすっきりしはじめて、F2.8あたりでハロはほぼ消失する。同時にまだやわらかさもある。絞り羽根が7枚なので、人物撮影などで使うには点光源などを背景に入れないようにして、筆者はF2.8で使いたい。おちついて人物をこのレンズで撮ってみたい。
そして、F5.6まで絞ると相当ぴしりと写る。F11以上になると回折現象で甘くなるかな。
掲載写真はいつものように周辺光量落ちを追加しているが、レタッチをしないでもF1.2ではかなり大きく周辺光量は落ちる。
筆者の所有するモノコートのモデルは発色はやや地味め。発色はRAW現像時に手を入れることはできる。だが、逆光には弱い。フレアやゴーストを好まない筆者には、強い逆光ではハレ切りは必須だ。そういう理由もあって、デジタルカメラでは使用機会が少ないかったのかも。
また、使用可能レンズが多いことで有名なNikon F4には55mmF1.2は「全製品装着不可」であることも注意されたい。使用説明書にそういう記載がある。私はF4ユーザーだったので、そのことを忘れてうっかりF4に装着させることがないように、あまり持ち出さないようにしていた記憶もある。撮影現場で夢中になると、そういう注意事項を失念する恐れがあるから。
このレンズはのちにマルチコート化され、さらに外装とガラスが変更されてAI化もされたそうだ。のちのモデルでは発色、コントラストや逆光耐性が改善されているかもしれない。
純正のレンズフードはスプリング式のHS-3、またはねじ込み式のHN-6だ。筆者は残念ながらどちらも所有しておらず、中古相場の価格もなかなかあれなので、手持ちのフードで似合うものをあれこれと探している。いちまんえん近くするレンズフードを買っても使う気になれない。のちにAIレンズにはHS-7が指定されたようで、これは近年まで「58mmF1.2Sノクト・AF80mmF2.8・AF105mmF2.8マイクロ用」としても販売されていたから、筆者も所有している。ただし、あまり外観が好きではない。
そこで、コンタックスメタルフード4と55/86リングまたはコンタックスゼラチンフィルターホルダーと55/67リングとステップアップリング、あるいはいつものキヤノンゼラチンフィルターホルダーと組み合わせても似合うなあと着脱を繰り返しては悦に入っている。いつものように。
ニコンのゼラチンフィルターホルダーならば、AF-1では小ぶりでいまひとつ私には似合うように思えない。むしろ、AF-2に62mm-72mmステップアップリングを使うのがいい感じ。VoigtländerのNOKTON 55mm F1.2 SL IIsにもこちらを使うほうがきっとかっこいいはず。
ただ、前項で書いたような描写における性格を少しずつ体感しつつも、自分にはいまだに消化しきれたとは思えない。だから、まだ有機的に自分の写真に「活用」できていない。少しずつ手探りで身につけていけたら、少しは自分の写真も成長できるかもしれないと夢想している。
追記:VoigtländerのNOKTON 55mm F1.2 SL IIsはどうやら、どちらかというとノスタルジックな描写のレンズみたいですね。モノコートのNikkor-S Auto 55mm F1.2よりは現代的だろうけれど、ZEISS Otus 1.4/55やSIGMA 50mm F1.4 DG HSM|Artのような「超絶高性能」というわけではなくて。
【撮影データ】
Nikon Df/Nikkor-S Auto 55mm F1.2/RAW/Adobe Photoshop CC
参考文献:「アサヒカメラニューフェース診断室 ニコンの黄金時代 1 SP〜F3『診断室』再録」朝日新聞出版1999年
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