シュテファン・ツヴァイク「チェスの話」
facebookの宣伝で第二次世界大戦中のドイツだかオーストリアを舞台にしたチェスの映画がよく出てきます。ドイツ語圏のファンである私はその宣伝、というかトレーラーをしっかり見てみました。
すると、この映画はツヴァイクの小説を原作にしていると知りました。調べてみるとこれは「チェスの話」という小説でした。
面白そうだったので早速、図書館から借りできました。
『チェスの話』(SCHACHNOVELLE UND ANDERE)という短編集。
早速、表題作を読みます。
ニューヨークからブエノスアイレスに向かう大型客船に乗った主人公は船内でチェスの世界チャンピオン(だが、チェスを除けば全くの役立たず)であるミルコ・チェントヴィッツに出会います。
主人公は同じく船内で知り合ったマッコナーという成金(カリフォルニアで油井を見つけて大金持ちになった)にミルコの存在を伝えます。
マッコナーはミルコとチェスの試合をしたいと言い出し、主人公に話をつけてもらうように依頼をします。
主人公はゲームのファイトマネーとして大金を払うことを約束し、マッコナーと共にミルコとゲームをすることになります。
初めの試合はもちろん、コテンパンにやられます。
しかし、懲りないマッコナーの依頼で行った第二ゲームの途中、突然謎めいた男性が現れ、二人にアドバイスを始めます。
アドバイスを始めてから形勢は変わり、主人公とマッコナーは勝てはしなかったけれど、無勝負(チェスには引き分けがあるようです)に持ち込むことができました。
その謎めいた男性はすぐに姿を消しますが、ミルコの方からその男性とゲームをしたいと言ってきました。
主人公はその男性を探し出します。謎の男性の名前はB博士。
ミルコとの試合を依頼されたことを主人公が伝えると、B博士から彼とチェスにまつわる驚くべき秘密を聞くことになるのです。
かつて、ナチスが台頭する前、B博士はオーストリアの貴族たちの財産管理を担当する弁護士でしたが、その財産を狙うゲシュタポに捕らえられ、軟禁されてしまいます。
貴族たちの財産のありかを教えるよう尋問が何ヶ月も続くのですが、彼は収容所に送られたのではなく、普通のホテルの一室に閉じ込められたのでした。
収容所のように劣悪な環境下にはなかったのですが、彼のいる部屋には他に人はおらず、おまけに本もカレンダーもなく、物を書くペンもなければナイフもありません。
つまり、B博士は誰かとコミュニケーションをとることはもちろん、何かを考えたり、書いたりするといった創造的行為も剥奪されてしまったのです。
毎日のように行われる尋問、その後は人間性を失わせる殺風景な部屋……やがて、彼の精神は蝕まれていきます。
しかし、ある日。彼は尋問で呼び出され、待っていた部屋にかけてあった将校の外套のポケットに本が入っていることに気づきます。
監視の目を盗み、どんな本か分からないまま手に入れ、その後の尋問をなんとかしのいで、その本を秘密裏に部屋に持ち帰ることができました。
果たしてその本は何だったのか?
文学的なものを望んでいたのですが、あろうことかそれは彼には興味のないチェスの対戦記録が記されたものでした。
彼は落胆しますが、それでも活字や知識に飢えていたこともあり、彼はやがて本に没頭し、とうとう対戦記録の全てを記憶してしまうまでになります。
そればかりではなく、自ら脳内でオリジナルの対戦を行うようにすらなるのです。
しかし、実際のチェス盤を使うのではなく頭の中だけで自らの思考を強引に半分に分けてゲームをするのです。異常な行為です。
彼は失いかけた正気を何とか手に入れたチェスの本で取り戻したにも関わらず、その極めて異常な行為でまたしても、錯乱を起こすのです。
その錯乱の際に怪我をして彼は尋問から外され、病院に送られます。
病院では彼の縁者を知る医師に助けられ、怪我を治した後、放免となるのでした。
極限状態の中でB博士はチェスの定石を身に付け、脳内での対決を繰り返すことで、知らぬうちに類稀なチェスのプレイヤーに変貌していたのでした。
そして、翌日。
B博士はミルコと戦うことになります。初めのゲームでは負けを悟ったミルコが盤上の駒を倒してしまいます。そして、第二ゲームとなります。その経緯は……。
……
あらすじが長くなりました。
ストーリー設定の面白さもさることながら、極限状態の中、チェスの対戦記録の本を与えられてそれを全て暗記し、続いて脳内対戦もしてしまうという流れには鬼気迫るものがありました。
あくまでフィクションなのでしょうが、やはりこうなってしまうのではないかと思わせるものがありました。
ミルコの略歴は余分だったように思いますが、殺風景な部屋で精神が蝕まれていく様子や脳内でチェスを対戦させることによる苦しみなどヘビーな描写は圧巻です。
最後のミルコとの一戦がクライマックスというのかどんでん返しというのか、ありきたりな終わらせ方ではなかったです。
映画、見てみたいですね(見れなかった……)。
【追記】
他の短編は「目に見えないコレクション」「書痴メンデル」「不安」。
「目に見えないコレクション」は古美術商の主人公がかつての得意先を訪ねた時の出来事。そのコレクターは盲目になっていた。
主人公の訪問に喜んだコレクターは気をよくしてそのコレクションを見せると言い出すが、妻がそれを止め、後ほどみてもらうということになった。
コレクターの娘が主人公を訪ね、コレクションは全て生活のために売り払ってしまったが、コレクターには内緒にしているという。
その娘、コレクターの妻の説明に応じ、あるはずのないコレクションの説明をコレクターから聞くのだった。
「チェスの話」同様、極まった人の凄みと哀しさが伝わってくる内容である。
ツヴァイクはこういう類稀な能力や極端な出来事について悲しく表現するような作品を描くのだろうか?
次の「書痴メンデル」でも古書について膨大な記憶を持っている人物がどういう人生を辿ったかについて知る話である。奇人であるだけにその反省も奇特であり、また哀しい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?