私の性格、性質
とにかく、ずっと生きづらかった。
ずっと殻に閉じこもっているような感覚があったし、
現実的な活動や行動も苦手だったし、
人と話すのも苦手で、
友人も少なかった。
思春期の頃から、なぜこの世に産まれてきてしまったんだろう、もう産まれてきたくなかったのに、という絶望に近いものを感じて生きてきた。
まわりから見たら、さほど苦労もしていないし辛い思いもしていないように見えていただろうが、
内側では、激しい自己嫌悪と、生きていかなくてはならない絶望が常に渦巻いていた。
現実的な活動や行動が苦手だったので、
どこかフワフワ浮いているような気が自分でもしていた。
まわりの人たちとの感覚も違っていたと思う。
小学生の頃、友達同士が教室以外のところで喧嘩していて口論しているから見に行こう、と友達に言われたが、揉め事が好きではない私は断った。
すると、「臆病者!」と言われた。
その言葉にショックを受けた。
臆病者…揉め事に関わりたくない私は臆病者なのか…とひどく傷つき落ち込んだ記憶がある。
とにかく人と争うことが嫌だったし、
面倒なことになるくらいなら、自分が我慢しよう、と思うところがあった。
なのでずっと他人を優先する生き方だった。
自分を抑えて生きてきたおかげで、
自分が何をしたいのか何が好きなのか、
よくわからなくなった。
だから余計に、自分は後回しで家族や他人の気持ちや意見を優先しても、
何とも思っていなかった。それが当たり前だったし、自分のことはどうでもよかったし、人生こんなもの、と思っていた。
それが、
魂を揺さぶられる体験をしてからは、
できなくなったのだ。
自分の気持ちを抑えると、苦しくなるように
なってしまった。
自分を抑えつけられたり、命令されたりすることに、反発心を持つようになった。
それまでは、そうされても仕方のない自分だから、こんな私だからそうされても当たり前、そんな風に思っていた。
合わない人に合わせることも、苦痛になってしまった。
もともと友人は少なかったが、さらに少なくなった。というか、ほぼいないも同然なくらいに、いない。
魂という存在に気づいてからは、
魂とは何なのか、その魂が発生した源とは一体どういったものなのか、宇宙の法則とはどんなものなのか、
そんなことばかりに興味が湧き、調べる日々なので、心から理解し合える人はいない。
なので、
基本、私は孤独な人間なんだと思う。