女の見た目
ズバッと軽快に切ってくれる人が大好きです。
その中の一人に中村うさぎがいます。
マツコデラックスとの対談本を見てから好きになりました。
(知らない人も、もう気になるのではないでしょうか)
先日、YouTubeを見たたら中村うさぎが
「女はどんな仕事に就こうと、一生、美醜でジャッジされる」
と言ってました。
中村うさぎはご存知の方もいると思いますが、整形をしています。
還暦近いと思いますが、目もぱっちりだし可愛いと思います。
「整形してますからね!ってお世辞で綺麗ですね〜と言ってきたアナウンサーに言ってやるんだ」と言ってました。
癖は割と強めです。
中村氏の言葉はすんなりと腑に落ちました。
いつの間にか我々女は、可愛いか可愛くないか、という世間のジャッジが下されます。
それを言ってくるのは、親のこともあるでしょう。
クラスの男子のこともあります。
上司のことだってあります。
自分でステージに上がってないのになぜか「美人かそうじゃないか」の判断を下されるのです。
今の学生もそうなのか分かりませんが、私からしたらたまったもんじゃありません。
生まれた時から死ぬまで、ずーとなのです。
もしかしたら棺桶に眠る顔もジャッジの判断になるかもしれません。
本当にしんどい。
中村氏は背も低く童顔のため、学生時代は色々とあったそうです。
「可愛い君がこんなことを言うはずがない」
と言われたそうな。
…そう言えば、と私もとある記憶が蘇りました。
当時似た条件だった私は、得体の知れない虚像を抱かせているような気がしてました。
「こいつ、私のことが好きなのか…?」
私ではなく、虚像を好きになっているのではなかろうか。
そう思うことがあったことを、思い出しました。
夫は私の美醜をジャッジする人ではありません。
そりゃ、可愛ければより嬉しいだろうし、性格が良ければなお嬉しいでしょう。
しかし、私の美醜をジャッジするどころか、私の性格や行動まで何もジャッジしません。
かおりであること、を丸っと受け入れてくれてます。
少なくとも私はそう感じています。
たまに、昔の彼氏に会ったら「あいつババアになってたよ」とか「めっちゃ太って老けたよな」とか言われるんやろうな、とよぎることがあります。
アラフォーの私はちゃんと歳をとりました。
だから、そう思われたってそれはそれでいい。
…だってアラフォーですよ?
歳とったら代謝落ちて太りやすくなるでしょうよ。
髪も肌も乾燥するし、変化はするもんでしょう。
シミだってできるでしょう
全ては諸行無常。
万物流転。なのです。
そう開き直れるのは夫のお陰かも。
人は身近な人間が受け入れてくれてたら、周りから何を言われてもスルーできるものなのかなぁ。
友人に会うと「○○ちゃん、一瞬誰かわからんぐらい変わってたー」とか「△△ちゃん、ますます綺麗になってたわー」とか同級生の話が出ることもあります。
むしろ女性同士の方があるかも知れません。
「同じように自分のことも思われてるんやろうな〜」と思ったりします。
私はそのジャッジされることから退きたい。
すっぴん眼鏡のおばさんですから、そのジャッジはもう不要でしょう。
しかし、周りはステージから降りることを許してくれないのかもなぁ。
まぁ、他人はそんなに自分のこと見てないやろうけど、中村氏の言葉を聞いて色々と考えました。
そしてそのジャッジメントをされたくない気持ちが、37歳の私は無自覚でした。
自分が自分でいるための最低ライン。
どうやらここ数年、ずっとそれを模索してきたようだと、ふと気付いたのでした。