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【小説】カラマーゾフの姪:ガチョウたち(8)

割引あり

○舞台:2020年夏の喫茶店。四人席。

○人物
小芳こよし弥生やよいけいの友達。デジタルアーカイブに興味がある。独特な農業観と生命思想を展開した。

彩田あやた守裕もりひろ:大学院で数学を研究する院生。小芳とは初対面。

弥生やよいけい:彩田の従弟。大学2年生。小芳と同じサークル。小芳の農業観に反意を示す。

曲丘かねおか珠玖たまき:ITフリーランスの女性。彩田と同い年の友達。小芳の前で弥生をなだめ始める。

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「恵さん、……私は決して彼に賛同するわけではありませんが、全く一理もないわけではないのですよ。…人間が農業によってエネルギーを獲得するシステムを構築してから、地球環境の悪化が始まった。畑を作るための森林伐採、自分達のエネルギーだけではない、家畜を育て始め、それを養うための食糧のためのエネルギーも要る、今となっては人間が肉を食うために、その家畜の餌のために、人間は緑地面積を縮小させてきた。そうして蛋白質で筋肉を得て、筋肉に炭水化物を貯蔵できる量を増やし、…人間はエネルギーを貯める。火を燃やし動物を調理し、脳髄も発達させたサピエンスは、この大地に降り注いだ光を、太陽から植物に渡ったエネルギーを、植物を食ってか、肉を食って間接的にか自身の肉体に貯める。そして生活の周期を安定させ、肥え太ることができるようになり、エネルギーも余るようになって、ホモ・サピエンスはエントロピーを小さくすることを覚え始めた。化学と工業とで錬金術師の夢が如く、世界の窒素とリンを偏らせ、遺伝子操作による品種改良により、エネルギー回収の局所最適を普遍化させた。生物情報学の知見から生命に干渉し、数理情報学によって事象の関係を把握し、人間は存在と現象とに介入するようになった、それでエネルギーの獲得と分配の効率化を極めた。地球全体への最適性を失わせて。…その知識と技能を継承させ、持続させる、そのために複雑な社会に至った。全貌を把握できない、けれどそれを維持させた方が確かに生存に有利となる、そうした複雑な連関が、この人類全体での情報の保持が、…人間同士にも、人間以外の存在にも歪みを強制する。そういう意味では、その種苗しゅびょうであった農業という人類の営みが人間の原罪とも言えるのですよ」
 弥生やよいではなく小芳こよしが口を開いた。「………そうですよ、完璧です。何もかもその通りですよ。……それなのに、どうしてあなたは不死と復活、肉体からの解放がよくないと言うんです。他に人間の罪を贖う方法がありますか? 文明を退行させるか、極限まで進め終わらせるかのどちらかでしょう。ならば、加速させて終わらせるべきでしょう、退行させるべきではない」
 弥生が眉を顰めながら言った。「どうして終わらせる必要がある。農業は改良を重ねていく。やがては環境に負荷を掛けない農業が普及する」
「その努力に意味はあるよ。だけどそんな悠長なことも言ってられないんじゃないか。文明の発展によって気候変動は加速度的に進んでる。温暖化が進んで氷が解ければ解けるほど、気温は上がって下がりにくくなる。もうこの進行は止めようがないんじゃないか? だから、それを遅らせる意味で農業の努力に意味はある。でもそれは延命手段であって、根本的な解決ではない。それが要る」
「……それで、……人間がデータになれば解決するっていうのか」
「人類が身体から解放されれば、……シンギュラリティの向こう側で人類が汎用型AIとなれば、農業からエネルギーを産出する必要がなくなる。そうすれば人間は原罪から解放される。少なくとも贖い始めることができる。……幾千の歳月の果てには星も甦るだろう」
 弥生が顔の緊張を緩めることなく小芳を視返している横で、曲丘かねおかは穏やかな目をした。「……君の言うことは、若くて好きですよ」
「……どこか足りないですか」
「根本が間違っています」
「根本?」
「身体性だけが生命を繋ぐんですよ」
「生命を繋ぐ? それが何になるんですか」
「生命を紡がない存在に魂はない、それは事象であって存在ではないんですよ。だから生きるに値しない。…人間の魂は、身体から解放されれば忽ち色褪せていくものです。けだし人間の魂なるものは、その身体が体験する生態系ネットワークに、動植物と微生物との交流に依存する。土を触ることができない魂は、個体化原理から追放される。個体性の一切を失って存在し続ける。……それはただの地獄です。楽園を追放しても、地獄に即座には置くことをしなかった、神の憐み深さを想ってみるといいですよ」
「その地獄は丁度いい贖罪じゃないでしょうか。……人間が恐れる死後の世界とはそれに違いない。……なら在るべき在り方に還るというものでしょう。個体化されていない原初に、意識の海に還るのでしょうから」
「帰れないから地獄なんですよ。永遠の個体とは、存在として自己矛盾している。人からも土からも切り離された永遠とは、

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