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甘く酔う【感想文の日⑫】

こんばんは。折星かおりです。

第12回感想文の日、今回感想を書かせていただいたのは、矢原こはるさんです。

普段、小説を書かれている矢原さん。これまでの記事を読ませていただいたのですが、どれも本当に綺麗でカクテルみたいな素敵な文章を書かれる方だなぁと思いました。きらきら美しくて甘くて口当たりが良いのに、気づけばくらりと酔っているような。とても楽しく読ませていただきました。改めて、ご応募いただきありがとうございます!

それでは、ご紹介いたします。

■マクドナルドで死のにおい

「死にたいっておもったことある?」「あるよ、べつに」。マクドナルドで「死」について軽く語り合う、女子高生たちのやりとりが描かれています。「死にたいと思うことがある」という"かなえ"と"つばき"のやりとりを見つめながら、おいていかれた気分になる"わたし"。どうして死にたくなるのか、どうして死にたくないのか。考えを伝えあう彼女たちの言葉がシンプルでありながらとてもリアルです。

まずはご指定いただいたこちらの記事から。「死にたい」という重たいワードから始まるこのお話ですが、舞台がマクドナルドというのが絶妙に魅力的だと思いました。彼女たちにとって、そしておそらく私たちにとっても「死」は遠いようで意外と近い。毎日考えるわけではないけれど、誰もが知っていて、身近なところにあるものですよね。

そして、"かなえ"が「死にたくなる」理由にも、ぐっと心をつかまれます。

「死ぬのは怖いよ、もちろん。・・だけど、これからなんとなく大学に入って、なんとなく就職して、なんとなく結婚して、なんかぜんぜん、ちがうなあ、って」

あぁ分かるなぁ、と読み進める手が止まってしまいました。高校生って本当にこどもと大人の間で、ただ「知っている」就職や結婚が「自分にも起こる」ことに移り変わっていく時期ですよね。知りたかったことと知りたくなかったことの狭間で先の不透明さが不安になること、そういえば私にもありました。どの登場人物のセリフも、誰にも言っていなかったけれど考えたことがあるようなリアルな気持ちでいっぱいで、胸がぎゅっと締め付けられます。

それでも最後には「死なない」と言う彼女たち。友達思いなその理由に、温かい読後感に包まれました。

■喉を通る言葉

言葉を我慢するとそれが喉を通るときに味がする、という"私"。そんな"私"は、頭が良くてスポーツ万能なのに滅茶苦茶性格が悪い、同じ学級委員の"あいつ"を嫌っています。なぜなら、一緒にいるとつい出てしまいそうになる汚い言葉を飲み込むと、口の中が不味くなるから。
この日も開口一番「バカ」と言うような"あいつ"に対して青汁のような味を飲み込んでいた"私"だけれど……。

今回、これはぜひ紹介させていただきたいと思った記事でした。

飲み込んだ言葉には味がある。

言葉の味。一行目からぐんと引き込まれました。初めて聞く表現でしたが、もう、何というかこれ以上適切な表現はない気がして膝を打ちました。この物語に出てくるのは「おまえが馬鹿だ」を飲み込んだときの味と、それからもうひとつ。

私はぜひ、矢原さんが描く他の味も知りたいです。

■ジンジャーエールのつくりかた

よく行く近所のレストランバーで出会った"あいつ"は、変なところに凝り性で、"俺"が今まで好きになった力強く大きいひととは違うタイプだったよう。楽しそうに"あいつ"が作っていたのは、キャラメル、プリン、ローストビーフ、それからジンジャーエールのシロップまで。「あいつのどこが好きだったかな」と考えているとなんとなく恋しくなってきた甘くて辛い炭酸を"俺"も作ることにして……。

そら豆とタケノコを料理する様子を描いた『春のおいしさ、ゆたかさ』が「#ゆたかさって何だろう」投稿コンテストで入賞に選ばれた矢原さん。この記事でも、台所での調理の描写がきらりと光っています。文章の中で描かれているのは"俺"がジンジャーエールのシロップを煮る場面だけれど、読んでいると"あいつ"も丁寧に料理をするひとだったんだろうなぁ、とひしひしと伝わってくるようでした。

喉がチクチクと痛んで、口の中にさっぱりとした甘さが広がった。

出来上がったジンジャーエールの味もまた切ないんです。それでも、"俺"には手作りのジンジャーエールのほうがおいしく感じられるよう。「好きだった」"あいつ"は、"俺"に大切なものを残してくれたのだなぁ、と切なくも優しい気持ちになりました。

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毎週土曜日、感想文を書かせてくださる方を大募集しています!(現在、9/26以降の回を受け付けています)

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