やさしさで包んで【感想文の日56】
こんばんは。折星かおりです。
第56回感想文の日、今夜感想を書かせてくださったのはしんきろうさんです。
エッセイや小説を中心に、詩や短歌など幅広いジャンルの創作をされているしんきろうさん。優しく丁寧な文章がとても心地よく、まるで毛布にふわりと包まれたよう。プロフィール欄に「しぶとく楽しんで創作していけたらなと思っています」と書かれていますが、ご自身の思いを大切にしながら挑戦を重ねられている姿がとても眩しいです。改めて、ご応募くださりありがとうございます!
それでは、ご紹介いたします。
■この夏はじめてのすいか
夏真っ盛りのある日、しんきろうさんは「この夏はじめて」のすいかを食べていました。ちょっぴり振りかける塩のこと、すいかがここまでやって来るまでのこと。すいかを食べながら巡らせた思考がチャーミングに綴られた、夏らしさ満点のエッセイです。
大きくて、なんとなくヨットみたいなスイカである。
冒頭のこの一文の、あふれ出る「夏」に心を掴まれました。ぴんと尖った三角と、お皿の上に置けばころんとどちらかに傾くすいかの様子が目に浮かびます。
高いところから塩をぱらりとかけて、しんきろうさんはすいかを食べすすめます。しかし、ある悩みがあるようで……。
かたまった塩のところは、食べると、なんていうか、ぞみっ、ってなるし、すこしにがい。
均等に塩がかかっていればよいのですが、塊を口にしてしまうと何とも言えない味がしますよね。塩辛いを通り越して広がるのは、舌がぎゅっと縮んでしまいそうな苦みやえぐみ。その不快感を表す「ぞみっ」という言葉がとてもぴったりで、それでいて可愛らしく、頬が緩みます。
……このスイカは、実家に行ったらくれたのだけど、実家もお隣さんからもらったらしく、そのお隣さんも、お隣さんの実家からもらったらしい。なんだか算数の文章問題みたいだ。
それぞれの家のまな板で、「よっ」とか「ほっ」とか言いながら、ちょっと大変そうに、でも切れたときは小気味よかったろうな。
大きなすいかは、実家のお隣さんの、そのまた実家からやったきたものだったのです。いろいろな家の台所で、さくりと切り分けられて届く夏の風物詩。これもまた、すいかの魅力ですね。この夏に私の家にすいかがやってきたときには、何だかいつもよりも愛おしい気持ちになりそうな気がしています。
■あめだま
「わたしの舌は、魔法の舌なんだもの」。友達がお土産にくれた珍しいアメでさえ、食べるとどこのものかを当てることが出来る"彼女"。"僕"はその特技に魅せられ、夢中で新しいアメを探して回るようになりました。そんなふたりが交わす、ロマンティックなやりとり。とろけてしまいそうな甘さが魅力的な、可愛らしいお話です。
これはどう?
ゆうぐれ印のみかん飴。となり町にもあったわ。
じゃあこれは?
さざなみ製菓のソーダキャンディ。こんな真冬に、季節はずれね。
美しく可愛らしい世界観に、冒頭からぐっと惹かれました。ゆうぐれ印のみかん飴も、さざなみ製菓のソーダキャンディもとってもキュート!"僕"と"彼女"の甘美なやりとりを、柔らかく包み込んでいるようです。
そして中でも素敵だったのが、ある日の学校帰りのこちらのシーン。
ねぇ、ちょっと待ってて。
彼女をそれとなく呼びとめて、僕は、暮れかけた空に見えるまあるい月に手をのばすと、指の先でひょいとつまんで、彼女に手渡してみせたんだ。
柔らかく光り始めた月に手を伸ばした"僕"から、いつもと同じように"彼女"に渡された「アメ」。そのあとの"彼女"の様子はきっと、ふたりの関係が変わるには十分なものだったのでしょう。
そんな風に思っていたら、彼女がふいに、なにか思いついたような顔をして、あ……でもコレ食べたことないかも、って呟いたんだ。
いま、"僕"と"彼女"のふたりは、あの頃は一粒でなめていたアメを「二粒」で楽しんでいるそう。「不思議な味がする。でも、とってもおいしい」。甘い甘い幸せに、胸をきゅんきゅんさせながら読ませていただきました!
■かわいいビギナーズ(全7話)
文学部のある授業で出された「小説を書いて、みんなの前で読む」という課題。"わたし"と"相川くん"、"紺野くん"、"森隈さん"の四人は、その課題に戸惑いつつも、小説を書き始めます。学食で昼食を食べ、同じ漫画を読み、時折お互いの小説の進み具合を話し合いながら、距離を縮めてゆく四人。作り上げたものを手渡すどきどきと、それを受け取ってもらえる喜びが瑞々しく描かれています。
「小説を書いてきてください。書いたことない人も、この機会にぜひ書いてみてください」 (『かわいいビギナーズ①』より)
冒頭、授業で教授から出されたこの課題に"わたし"は圧倒されてしまいます。何を書いたらいいかも分からないし、まず小説を書いたこともない。それでも"わたし"たちは、とりとめのない日々の中で小さな喜びに気持ちを揺さぶられながら、小説を書いてゆきます。
どのシーンでも四人のやりとりが丁寧に描かれていて、仲の良さがじんわりと伝わってきます。戸惑いながらも日々の中で「創作」に挑戦する彼らの様子は微笑ましく、こんな大学生活送ってみたかったな、と少し羨ましく思いながら拝読しました。
そして個人的に一番ぐっときたのはこちら。"相川くん"の家で漫画や映画を楽しむ「合宿」をすることになったシーンです。
「今とか、読んでみてもいいかな。それで、どんな感じか、みんなにきいてみたい」 (『かわいいビギナーズ⑤』より)
小説を書いたことがあった"紺野くん"、すぐに書き上げた"森隈さん"と"わたし"に比べて、なかなか"相川くん"は小説を書き上げることが出来ずにいました。そんな彼が「どんな感じか、みんなにきいてみたい」と切り出したのです。
もう遅い時間、小説の朗読を聴き終えた三人は小さな拍手を"相川くん"に送ります。良かったところ、直すともっと良くなるところ、自分の中に落とし込んで深く深く考えたところ。言葉をじっくりと選ばれた感想を受け取った"相川くん"の喜びに、こちらまで温かな気持ちがこみ上げます。
いや、なんかさあ。こうやって書いて聴いてもらったら、自分が思ってたよりもずっと、いろんなこと感じてもらえるんだな、と思って。 (『かわいいビギナーズ⑤』より)
授業をきっかけに「書く」「創る」喜びを知った四人は、お話の終盤、広い世界へと漕ぎ出します。映画館のスタッフやバスの運転手の対応などの小さな「いいな」や、映画を観たあとのふわふわした気持ちを言葉に出来る彼らですもの、きっと魅力的なものが出来るに違いありません。彼らがいつまでも「書く」を愛していられるよう、願っています。
最終話の『かわいいビギナーズ⑦』では、四人がそれぞれ小説を朗読します。小説の中にさらに4つの小説を入れ込んだしんきろうさんの書くエネルギー、尊敬します!こちらからぜひ、読んでみてくださいね。
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毎週土曜日の「感想文の日」、感想を書かせてくださるかたを大募集しています!(記事の公開日を1~2日程度調整させていただく場合があります。現在、7/17以降の回を受け付けています)
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