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横浜線

 新子安からの帰りいつも通りに東神奈川で横浜線に乗り換えた。何の問題も起きなかった平和な日で平和に家に着くはずだった。

 車内は通常の込み具合で前に立つ人が駅に着く度入れ替わった。横浜線の旅は町田まで。町田で小田急線に乗り換えて相模大野で降りれば我が家だ。
 左隣は暗い色のスーツを着た熟年サラリーマン。右隣は覚えていない。長津田を過ぎた頃、異様に暑くなってきた。気のせいか息苦しく鼓動が早い。あれ?どうした?と思っていたらただ座っているのがつらくなってきた。足の裏を交互に床に押し付けてみたり、太ももをさすってみたり。しかし状況はどんどん悪くなっていった。
 手のひらは汗だくで、手のひらに汗を描いていると認識すればするほど鼓動が早くなっていく。何度も座り直す。左隣のサラリーマンからしたら異常に落ち着きのない女だと思われているかもしれない。サラリーマンにおかしい女だと思われたくない。焦りが焦りを呼びどんどん鼓動が早くなる。
 自分の身に何が起きているかわからなかった。額から脂汗が滲み出るのがわかる。手のひらは最早汗だくを通り越して指先まで冷たくなっている。成瀬だ。人が乗り降りし、電車のドアが閉まる。
 左隣のサラリーマンが横目で私を見ている気がする。苦しい。耳鳴りがして音があまり聞こえない。苦しい。息ができない。車内の蛍光灯を見上げ喘ぐが酸素が入ってこない。苦しい。冷たくなった指先で空を掴む。もう線路のつなぎ目の音も聞こえない。
 立てばいいのか?座り続ければいいのか?降ろして。助けて。息ができなくて死んじゃう。手が冷たい、心臓が止まる、苦しい、苦しい、私を見ないで。

 永遠の時間が過ぎ、町田に着いた。転がるようにホームに降りた。家路に急ぐ人を妨げながら、降りてすぐの場所で両膝に手を置き前屈みで灰色のホームを見続けた。両足の震えが止まらない。
 地獄から解放された安堵より自分の身に起きていることが何なのかの不安の方が大きい。しばらくすると呼吸と鼓動はおさまったが、止まらない震えと新たにやって来た頭痛と吐き気。兎に角家に帰らなきゃ。降りていった人がすっかりいなくなったホームから、のろのろと改札へ向かう。

 人がひっきりなしに行き交う丸井の横を通り、友と楽しく話すマクドナルドを曲がり小田急線へ。電車に乗らなくては。怖い。電車に乗るのが怖い。またさっきのようになったらどうしよう。いや、さっきはたまたまで次は大丈夫。そんなはずはない。また起きる。怖い怖い怖い。

 改札前で逡巡し、相模大野まで歩くことにした。今はバスにもタクシーにも乗れない。乗り物に乗ることを想像するだけで両足が震え、指が冷たくなる。
 町田から相模大野までの長い坂を暗い気持ちで上った。街灯もいつもより暗かった。もう人生のすべてが終わってしまうんだ。
 一時間半後、アパートのドアの鍵まで辿り着いた。

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