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書きたいのは、正しい日本語より熱量のある文章。

最近「熱量」という言葉が気になっている。

HPや記事、商品紹介なんかの文章を書いていても、自分でいまいちしっくりこない時があるんだけど、そういう時はたいてい「熱量」が足りてない。

文章ってとても不思議で、自分が好きな物や人、コトについて書くと、そこから<好きですオーラ>がちゃんと伝わる。好きなことについて書いていいと言われれば、これも書きたい、あれも書きたい、みんなに広めたいという思いが押し寄せてきて、日本語の正しさを考えるなんてこともなくどんどん書ける。

なのに、ただ単に話を聞いただけのことや、深く調べる時間のなかったもの、さほど好きになれないものについて書こうとすると、日本語の正しさを気にしてみたり、表現の美しさを気にしてみたりと思うように書けない。

そうやって書いたものは、やっぱり面白くないし、面白いだけじゃなく、伝わってくるものがない。

そうなるともう、物書きにとって大事なのは、よく知ること好きになることなんじゃないかと思う。

以前、書かせてもらっていたwebメディアで、すでにボツになったネタが、福山雅治が結婚したためにGOをもらい、「すぐに書いて欲しい」という指示をもらったことがある。

ものの30分で勢いよく書いた原稿に、編集者さんは「魂のこもった原稿をありがとうございました」と言ってくれた。その方からそんな風に言ってもらえるのは初めてだったので、とても嬉しかったのを覚えてる。好きな芸能人でショックも大きかったからこそ、熱が入ったんだろうな。

でも、常に熱量の高い原稿を出すのって、実際のところすごく難しい。


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