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食べることが一番大事

ぼんちゃんの食欲はだんだんと減った。だんだんと口が荒れてくるのか、ドライフードは食べにくそうになった。また、味が変わらないと食欲がわかない感じだった。時折、匂いもわからないような感じだった。

我が家ではずっとドライフードのみで育ててきた。穀物フリーのものを三種類、味をローテーションする形で与えていたのだが、病気になり始めた頃、いつものフードをだんだんと食べなくなった。硬くて噛みづらいような食べ方をするようになって、食べることに興味を失うような感じがした。

体重が落ちると、必然的に免疫力も落ちるので、食べることと体重の維持が闘病の大きな課題になる。1日の食事量は、成猫の半分以上が目安だったのだが、その半分すらなかなか難しいハードルだった。診察のたびに体重を測るのだけど、体重が少しづつ減っていくので、現状維持だとほっと安堵し、体重が減ると気持ちが落ち込むを繰り返した。とはいえ・・・強制給餌は最終手段にしたかったので、とにかくできる限りあらゆる手をつかってあの子が自分で食べるように工夫した。

自分で食べることは、あの子が生きるために大切なことだと私たちは考えた。無理やりに食べさせて、辛い思いをさせて、命を少し長らえたところで、それはあの子の幸せではないだろうと私たちは考えた。できるだけ、動物として自然な形で最後まで生きることができるように、サポートしてあげたいと思った。

もちろん、自然な形というのはいろんな解釈があると思うし、また、それぞれの家族が判断すればよいことだと思う。誰でもそうだと思うけど、私たちは、ぼんちゃんをとても愛している。ぼんちゃんは、猫としては少し不思議な性格でとてもがんこ、あの子独自の流儀があるようだ。長い年月一緒に暮らしてきて、あのこの性格も良く知ってると思っているので、あの子がこうしたいだろうと私たちが推測し、できるだけそのようにしてあげたいと思った。

そういうわけで、食事にさらなるヴァリエーションを加えることになった。

ドライに加え、やはり穀物フリーのウェットフード(パテのもの)を取り入れ、味も複数用意してローテーションした。だいたい「あ、味を切り替えるころだな」というのが食べ方でわかるようになる。残念ながら、そのローテーションの期間がだんだんと短くなった。

どうすれば食べられるのか? 食べるようになるのか?

本当にいろいろ考えた。

獣医さんから、いわゆるクリーミーなおやつタイプのものを試すように言われる。ドライやウェットと併せて、とにかく食べてもらうようにしたが、そんなにしても、がくんとほとんど食べない日があった。

肉食の猫にとって穀物フリーの方が自然な食事だと考えられているのと、また糖質はがんと闘う際にはできるだけ控えたい成分なので、私たちは当初穀物フリーに固執した。だが、獣医さんから「食べなければまず体が弱ってしまうから、今は穀物が入っていても、その子が食べたいと思うものを食べさせる方が良い」と言われ、そこで考え方を変えることになった。

食べられなければ、ぼんちゃんの体力・免疫力は弱ってしまうし、病状も悪化するだろう。その時、その時で、最善の選択は違うということ、そして時折大きな視野で眺めることを忘れないようにしようと思った。

これだけやっても、次第に食事量は減り、体重は5キロを切るまでに落ち込んだ。

獣医さんに相談し、a/d 高栄養食も取り入れることにした。嫌いではないけど、食欲がぐんと増えるというわけでもなかった。この高栄養食は今現在も継続している。

ウェットは、湯煎にして少し温めることで食べやすくなるように思う。また、おそらく病気と薬のせいで、口の中が荒れるのだろうと思うが、お湯を加えて少しとろみをつけると食べやすくなるようだった。

飲んでいる薬は、基本的に口を荒らすようなものではないということだったた、それでも、ウェットでさえなんだか食べにくそうだった。理由はわからないけれど、病気になって体が弱ると粘膜も弱るのではないかなと思う。

いろいろ試行錯誤する中で、器の高さや位置が適切かよくみてあげることが必要であることに気がついた。

後ろ足が不自由になり痛みがひどくなると、ほんの少し前にでたり、後ろに引いたり、動くことが困難なようだった。

器の距離がほんの少し、数センチ遠いだけで、食べずにじっと眺めていることがある。それは、食欲がないのじゃなくて届かないのかもしれないと気がついた。頭の位置が少し変われば、重心も動くし、痛みの感じ方も変わる。痛みがあるときには、そのほんの少し体を動かす、というのが本当に苦痛なんだと気がついた。

脚を引きずってでも、自分でお皿のところまで歩いて行くので、つい動けるのだから・・・と、見逃してしまった。多分、本当はそこまでいくのが精一杯だったんだと思う。最後の一歩を動くのに、また力をふりしぼらなくてはならない、そのとてつもない「仕事」の前に、途方に暮れてたたずんでしまう。

器をほんの少し高くしたり、ほんの少し手前に引くだけで、食べ始めたことが何度となくあった。また器は頭が背骨の延長線上にあるように置いてあげるのが良い。(病気になると体の位置を変えずに、場合によっては首を曲げたままで食べようとするからで、食道が圧迫されないような状態がいいと思う。)そして、首をあまり下げないで食べられる高さが良い。

器の角度は手前が少し下がるように傾斜がついてると、ドライもウェットも食べやすくなるようだった。今も、お皿の向こう側を少し高めに保つようにして支えながら与えるようにしている。また、ウェットはお皿の上で平らになりすぎると食べにくそうなので、スプーンで寄せてホイップクリームのように高めに積むようにしてみた。するとまた少し食べるようになるので、それからはずっとそのようにしている。

猫は清潔好きなので、普段からお皿は清潔なものを使うのだが、病気になってからは、さらに気をつけるようにした。お水もしょっちゅう水と器を変えた。

とにかく、思いつくことはなんでもやってみた。

食欲があって食べれる時は幸せそうで、私たちもとても嬉しかった。

食べられない時は、やっぱり心が沈んだ。

そんなことで一喜一憂する日々が続いた。


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今使っている器類。お盆があるとこぼれたりした時に、処理しやすいし、口を拭ったり、こぼれたフードを拾ったティッシュなども載せることができて便利。四角いピンクとブルーは水を与えるのと湯煎用にも使う。小さなガラス瓶があると薬を水に解いたり、残りのウェットを冷蔵庫に保管したりと便利。シリンジは薬を与えるのに。お盆以外にも、欠けたほうろうのバットをトレーに使っている。なんでもいいのだが少し深さのあるものの方が使いやすい。ほうろうのバットは、足のガーゼを取り換える時に、精製水で傷口を洗う時に受け皿としても使う。