サブとペータとの日々の続き
「サブーー」
と思ったら、サブはサナギのすぐ近くできれいな蝶になっていた。
私はアオスジアゲハの青いグラデーションがとても好きなのだが、
サブの羽も美しく、私は初めてまじまじと羽を見た。
サブの目はくりんとして、黒色にツヤツヤと光り、とてもかわいかった。
「サブ、きれいな蝶になったね」と声をかけた。
しばらくすると羽をパタパタと数回たなびかせ、
パッと飛んだ。
パッパッとまだ不慣れな羽の動きがなんとも心もとないが、
私は自分が育てた幼虫がこうして蝶になったことを喜んだ。
部屋の灯りをつけると、電気の周りをパタパタと飛ぶサブ。
私はそれを見ながら、
「どうしようか」
と内心思っていた。
冬間近に羽化してしまったこの子。
部屋のガジュマルに止まったサブの足元に手を近づけると
サブは当たり前のように私の指に乗り、羽を休めた。
幼虫の時もこうして手に乗せていたので、そのことを覚えてるようだった。
そんな姿を見て、私は決めた。
この子を部屋で育てよう。
次の日、さっそく虫博士に羽化したことを伝え、部屋で蝶を飼うことを伝えた。
虫博士は、蝶を部屋で育てることは可能だよ。といい返事をしてくれた。
何を食べさせるのか。今までの葉っぱではない。
蜂蜜を少し薄めてあげるといい。と教わった。
帰宅して、電気をつけるとサブを探した。
どこにいるのか少しドキドキである。
サブは昨日のガジュマルに止まっていた。
教えられた通り、蜂蜜を水で薄め、浅い皿に入れ、
サブを皿の淵に乗せてみた。
しかし、いっこうに吸おうとしない。
よく見ると、蝶の口は本当に細いストローのようで、
それがクルクルきれいに巻かれている。
皿では吸いにくそうだ。
どうしたものか。
私は手のひらを少しお椀型にして、そこに蜂蜜を入れ、
その横にサブを乗せてみた。
それでも吸わない。だめか。
つまようじで優しくはちみつをサブの口につけてみる。
するとサブは「おや?」というようにさわさわ少し動いて、羽を少しパタパタさせた。
ああ、そうか。花なら香りがして蜜の位置がわかるけど、私の手のひらや皿ではわからなかったのか。
長いストローを少し伸ばしたげにするサブを優しくつまようじでサポートし、
ようやくサブの口が蜂蜜に届いた。
サブは蜂蜜をごくごく飲んだ。
細いストローを蜂蜜が通ってるのがわかる。
サブの黒い瞳がどんどん輝いていくのがわかった。
おなかがいつしかパンパンになった。
おなかいっぱいになったサブは私の手のひらに
糞をして、パタパタと羽をふるわすと、
パッパッパと飛んでいった。
灯りの周りを飛び回り、私が顔を近づけると、
私の鼻の上に乗り、ひと休み。鼻は滑るのか足をもそもそ動かすのが
くすぐったい。
その時「虫も人になつくんだなー」と思った。
数日そんな風にサブと過ごした。
サブは、帰宅すると必ずガジュマルの葉の上にいた。
糞を心配したのだが、不思議なことに、
ガジュマルの鉢か、ご飯の後の私の手のひらでしかしなかった。
そんな日々を過ごしてると今度はペータが蝶になった。
ペータもきれいなアオスジアゲハになった。
しかし、ペータは私の手のひらに乗ることを嫌がった。
どうにか落ち着かせて乗せて蜂蜜を吸わそうとしても吸わなかった。
よく見ると、ペータの口先は少し枝分かれしており、
吸いにくかったのかもしれない。
時々はパタパタと飛んだが、ペータはガジュマルの木からあまり離れなかった。
虫博士に相談しても、自然のものだから仕方ないよ。と言う。
私も心配だが、見守るしかないと思っていた。
その後、1度か2度はペータにご飯をあげられただろうか。
覚えてないのだが、蝶になって2週間余りでペータは死んでしまった。
休みの朝だった。
私はそっと土に埋めた。
その頃サブはまだまだ元気だった。
相変わらず私になつき、糞のそそうもすることはなかった。
とうとう、年まで越してしまった。
大晦日に実家に帰り、恋人もいず、蝶と暮らす私を親は心配した。
と書きたいが、そうではなくて、
「いいね」とむしろ笑っていた。そうして、元旦には
「蝶がおなかをすかせてはかわいそうだから帰りなさい」
と言われ、私は早々に家に帰った。
まさか、元旦をサブと過ごすなんて思ってもみなかった。
仕事始まりの日に、虫博士に会って挨拶をした。
「蝶どうしてる?」
この頃、私の顔を見ると決まってこの言葉をかけてきていた。
「まだ生きてますよ」
私も返事をする。
「俺の虫仲間に話したら、すごいと褒めてたよ。
話を聞きたいって。部屋で放し飼い、自分の手のひらでご飯あげて、
冬に生きてる蝶は珍しいよ」
と言われた。
私は、虫博士の仲間たちの中で話題になっていた。
気恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
サブが蝶になって、ほぼ1ヶ月経ったくらいだった。
ある朝、それも休みの日だった。
サブは、ガジュマルの葉の上で、ことんと眠るように死んでいた。
はっとした。何も言えなかった。
泣いてしまった。
サブは蝶になって1ヶ月と数日生きてくれた。
サブとの日々は、本当に貴重で楽しくて、色んなことを教えてくれた
本当にかけがえのない時間だった。
本当にいい子だった。
幼虫の時も蝶になってからも。
ペータの横にそっと埋めた。
サブとペータを飼ってわかったことがたくさんあった。
虫にも個人差や性格があること。
部屋で蝶を育てること。
虫が人になつくこと。
蝶が蜜を吸う時の姿。
2匹にありがとうしかない。
本当に本当にありがとう。
虫が苦手な人は多い。
実際私も植物の仕事をするまでは触ることができなかった。
しかし、自然の中に身を置くと、人間の自分はなんてちっぽけで
甘えた生き方をしてるのかと思わされる。
カマキリは、自分より大きな体の人間にも容赦ないカマをあげる。
大きさなんて関係ないのだ、生きるか死ぬか、一か八か、
このカマを見ろ、やるときはやるぞ、を見せるのだ。
それを見ると、生きるってかっこいい姿なんだと思う。
そして自分はできてないことを知ったりする。
そんな中で、虫が平気になり、いつしか好きになっていた。
刺す虫や汚い虫は嫌だけど。
またいつか、今度は子どもと飼いたいと思う。
生き物の姿を見てほしいと思う。
長々と虫の話にお付き合いをくださり、ありがとうございました。