サブとペータとの日々
数年前の秋。まだ独身だった頃のこと。
「温室で育った山椒に虫が付いた」と上司が言いながら
やってきた。
抱えられて持ってこられた鉢には背丈ほどの山椒の木。
葉の所々に小さなイモ虫がついている。
話によると、アオスジアゲハの幼虫らしい。
大きさは2センチほど。
その顔の模様はなんとも愛くるしい。
私はひと目で好きになってしまった。
「かわいい、かわいい。持って帰りたい」と言うと
上司は信じられんというように「欲しいだけ持っていっていいよ」と言ってくれた。
全部持って帰ることはできないので、2匹だけ選んで自宅に持って帰ることにした。
その時、名前を付けた。
1番かわいいと思った子に「ペータ」そんな顔をしていたのだ。
もう1匹を2匹のサブリーダーとして「サブ」と名付けた。
2匹と山椒の枝1本をプスプス空気穴を開けたペットボトルに入れて
持ち帰った。
しかし、ひとり暮らし成人女の家には虫かごは常備していない。
その晩はそれで過ごしてもらい、次の日大きめのペットボトルで
オリジナル個室虫部屋を作った。
そのペットボトル部屋は自分で言うのもなんなんだが、
優れた作りで、水につけた枝を挿せるシステムにした。
いつでも新鮮な葉っぱを食べられるのだ。
2匹を別部屋にしたおかげで、
サブとペータがどっちがどっちだったかわからなくなる心配もなく、
2匹を観察することができた。
こうしてみると、幼虫ひとつとっても実に個性のあるものだということに気付いた。
サブは、私が近付いて観察しても警戒することなく葉を食べ続ける。
一方ペータは、私がじっと観察しようものなら、ピタッと食べるのをやめてしまうのである。心なしか、冷ややかな目線すら感じる。食べるところを見せるなんて油断をするものかと言ってるようにも見えるのだ。
葉の食べ方も違った。
サブは全然きれいに食べない。ランダム。
こっちのを食べて、途中で別の葉を食べ始める。
打って変わってペータは、実に葉をきれいに食べた。
葉の真ん中の葉脈に沿って、きれいに模様のように食べるのだ。
部屋の掃除や葉を変えてやる時、ふと触れてしまう時があるのだが、
サブはそれもお構いなしだったが、ペータはすぐ怒ったように濃い黄色の角をビンと出し、私を威嚇した。その角が独特の匂いで、
「もう、そう怒らないでくれよ」と私はよくペータにつぶやいたものだ。
みるみる2匹は成長していった。
それに伴って、ご飯の葉の調達はそこそこ大変だった。
何せ柑橘系の葉でなくてはならない。
職場に虫博士と呼ばれる人がいたのだが、
蝶を飼い始めた私に色んな情報をくれた。
柑橘系の葉のある場所も教わって、
昼休憩にいそいそと2匹のご飯を調達しに行った。
2匹がモクモク大きくなり、そろそろサナギになるんじゃないかと
虫博士に教えてもらった数日後、帰宅して見るとサブがサナギになっていた。
驚いた。全然そんな素振り見せなかったじゃないか。
遅れて数日後、ペータも無事サナギになった。
夜中、自分以外の誰もいないはずの部屋で音がする。
2匹がむしゃむしゃ葉を食べる音だった。
ああ、柑橘の葉をいそいそ毎日取りに行っていた日々。
2匹が幼虫だったときが急に愛おしくなった。
サナギになったら、サナギから出られるようにペットボトル部屋から出し、
柱にでも付ける方がいいと虫博士に教わり、そうした。
「でも、、日照時間を調整しないと蝶になっちゃうから気をつけた方がいいよ」
とさらに博士は教えてくれた。
つまり、春の日照時間のように家の電気を長い時間付けると勘違いして蝶になってしまうと言うのだ。
サナギに2匹がなったのは秋も終わりの寒さが増した頃だった。
寒い中、外に出すわけにはいかない。
なるべく電気をつける時間を短くしなくては。
しかし、私は夜型人間。
2匹のいる部屋を暗めにしても漏れてしまう光り。
ある日、帰宅した私は、1人の部屋で「あーー」と声を上げた。
サブがサナギにいない!
「あああーーーーー」
「サブーーーーー」
続く。。。