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【小説】陸と海と空と闇 (第5話)
第4話はこちら
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第3章 『闇』と大和
大和は看護大学卒業後、この病院に就職し、真面目に長く勤めている。
医療従事者や職員から頼りにされ、患者からの信頼も得ていた。
きびきびと動き、張りのある声で看護師たちに指示を出す。
患者に対しては、声のパワーを少し抑えて柔らかく、わかりやすくはっきりと話す。大和は看護師の仕事に誇りをもっており、こつこつと働き続けて、今は看護師長だ。
一年ほど前のある日、一人で午前三時の巡回をしていた。本来二人体制なのだが、急に欠勤者が出たためやむなく一人で回っていたのだ。
ラウンジの前を通り過ぎた時、窓のカーテンが妙に黒いのが気になった。
(こんなに黒かったかしら?)
通常、夜間のラウンジは無人なので、巡回の必要はない。
しかしその時、大和はラウンジに入り、窓に近寄った。
窓は施錠されていたのに、カーテンが風に吹かれたように激しく揺れる。
カーテンではなかった。
病院の伝説の怪物『闇』だった。
大和は声を上げる間もなく、大きな口を開けた『闇』に頭から飲みこまれた。
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『闇』の話は何年も前から病院に伝わっていた。
黒くて平たくて大きい。ラウンジのカーテンに擬態して夜に現れる。
頭から人を飲み込んで魂を抜く。
飲み込まれた人は、昔はそのまま亡くなっていた。
回復期の患者が急変したり、職員が突然死したり、ということが時々あり、おかしいよね、やっぱり『闇』がいるのかな、『闇』のしわざだったりして……という噂がたつこともあった。
ここ最近の『闇』は、人を飲み込んで魂を抜いても、体を生かした状態にして吐き出すようになった。
吐き出された人間は、魂が抜かれているので気力がなくぼんやりしている。患者はもともと病気を抱えている身なので、そんな状態でも怪しまれない。
しかし、職員の様子が変だと、受診しろとか人事部に申し出て休養だとか騒ぎになるので『闇』は職員を飲まないようにしていた。
そしてうっかり飲んでしまった時は殺していた。
死んでしまえば原因不明の突然死で片付けられる。
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大和を飲み込んだ時『闇』は、ラウンジに入ってきた人影を、消灯後に病室を抜け出した患者だと思った。
しかし飲み込む瞬間に、看護師長の大和だと気付いた。
これは、獲物を狙うのに使えるかもしれない。
『闇』は大和の魂を抜かず、心を操ることができる状態にして、そのまま吐き出した。
数十分後、ラウンジの床に倒れていた大和は目を覚ました。
持っていた懐中電灯が点灯したまま落ちている。
「私は……」
(安心しろ、命に別状はない。そのまま仕事を続けろ)
地の底から響くような低い声が聞こえた。『闇』の声だ。
(おまえをの魂を抜くのはやめた。
ただし、命を助けたのと引き換えに、私に協力しろ。
私はヒトの魂を喰うのが大好きだ。
できるだけわんぱく、おてんば、やんちゃな性格の魂をここに来させろ。
おまえなら怪しまれずに動けるはずだ)
「……はい、わかりました」
感情のない顔と声で大和は返事をした。いつもの張りのある声とは全く違っていた。
その瞬間、ネームプレートが「矢魔徒」に変わっていたことに、大和本人も気づかなかった。
大和は懐中電灯を拾って立ち上がった。
腕時計を見る。
予定より遅くなってしまった。早く巡回を続けないと。
顔つきがだんだんいつもの大和になり、ネームプレートも「大和」に戻った。
それから大和は、はた目から見ると以前と変わらないように働いていたが、時折り自分でも知らないまま「矢魔徒」になることがあった。
『闇』はエネルギーが切れそうな時、大和をあやつり、獲物となる患者が自分に近づくように仕向けるのだ。
たとえば万華鏡に注意書きを書かせたのは『闇』の大和への指図だった。
また、リクがラウンジで感じていた暗さ、それはUVカットガラスではなく『闇』の存在が醸し出すものだった。
たまに敏感にその暗さを感じる者がいる。
リクと母親の会話を聞いていた『闇』は、怪しまれないよう、パンフレットにキャプションを入れることを大和に指示したのだった。そして言った。
「あの子にはちょっと気をつけたほうがいい」
(つづく)
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