【小説】陸と海と空と闇 (第7話)
第6話はこちら
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第5章 海
夕方帰宅する母親を、杖をつきながらエレベーターまで見送ったリクは、エレベーターホール横にあるラウンジに立ち寄った。
夕食の配膳が始まっていて、どこからかいい匂いがする。
みんな食事が待ち遠しく、病室に戻ったようで、ラウンジにはリクひとりだ。
大きな窓から夕焼けに染まる海が見えた。
もうすぐ六時なので、看護師が窓のカーテンを閉めに来るだろう。
食後にマンガでも読もうと思い、本棚で面白そうな本を探していると、ティーン向けのファッション雑誌コーナーができていることに気づいた。
葵のお姉ちゃんが載っているからと、葵のママが寄付したのだ。新刊が出るとその都度寄付しているので、結構な冊数になっている。
可愛い付箋がつけてあるページに載っているらしい。
これも昔の葵には気に障ったらしく、雑誌の束をラウンジにぶちまけた事件もあった。でも今の葵は、きっと興味なさそうにスルーするだろう。
その時リクは、本棚の隅に万華鏡が置いてあるのをみつけた。
覗いてみると、パーツが美しい模様をつくる。
回転させて、ひととおり数パターンの模様を眺めると、万華鏡を本棚に戻そうとして、円筒に書かれた文字に気づいた。
『真夜中に覗いてはいけない』
なんでだろう?
普通の万華鏡だよね?
ちょっと持って帰って、夜になったら見てみようか?
パジャマの上に羽織ったパーカーに、万華鏡を隠して持ち出そうとしたら
「それ、真夜中に覗くとほんとに死ぬよ」
リクの後ろから声がした。
見知らぬ少年が立っている。
「きみはだれ?」
「誰って?ああ……ぼく、名前なくなったから、そうだな、海って呼んで。今はよく海にいるから」
「名前がなくなったって?」
海はまっすぐにリクを見て言った。
「ぼく死んじゃったんだよ」
リクは海を見返した。何を言っているのかわからない。
「死んだって……でも足あるし」
「古いなぁ」海は笑った。「幽霊に足がないって昔の話だよ」
海はTシャツにサーフパンツ姿で、台湾サンダルを履いていた。確かに、昔からいる幽霊ではないようだ。
「そんな服で寒くないの」
それを聞いた海は笑った。「寒くないさ。幽霊になったから」
「海が好きなの?」
「ああ。サーフィンやってみたくて、浜でサーファーの人たちを見てたら知り合いになって、いろいろ教えてもらって。月一回の海岸清掃も参加するようになったから、おまえ本気だな、こんど中古のボードやるよ、って言われてたところだった。心電図異常で検査入院したんだ。その時ここに来てその万華鏡を見つけた」
海は、リクがパーカーに隠して持ち出そうとした万華鏡を指さした。
「きみが見ようとしてるやつ。『真夜中に覗いてはいけない』って書いてあるよね」
「あるけど、でも、普通の万華鏡のようだよ?」
「ぼく、それを夜中に見たんだ。
そうしたら真っ黒い怪物が現れて『おまえのような、言うことをきかないやつの魂は大好物だ、喰ってやる』って言って、ぼくを頭から丸飲みした。
気がついたら、お母さんやお父さんが泣いていて、ぼくの体は病室で死んでいた」
リクは言葉が出なかった。
「ぼくはいきなり死んでしまったから驚いて、この病院周辺から離れられないんだ。毎日海にいて、サーフィンやりたかったな、って思ってる。成仏できないってこういう感じかな?
ぼくを飲み込んだのは、『闇』っていう怪物で、人間の魂を抜くんだ」
「やみ?聞いたことないよ」リクは驚いて言った。
海は説明した。「昔から病院にいる伝説の怪物らしい。ぼくが死んだ頃は、あいつが魂を抜くと、獲物、つまり魂を抜かれた人間も死んでしまった。
でも最近は魂だけ抜けるようになったらしい。
獲物はもぬけの殻みたいになるけど、一応生きているし、もともと病人だからぼーっとしてても誰も怪しまない」
リクは、葵の様子と同じだと思った。
「もしかして葵ちゃんも」
「そう。あの子も夜中に万華鏡を見て『闇』に魂を抜かれたんだ。
だからその万華鏡、置いていったほうがいいよ」
リクは万華鏡を本棚に戻しながらつぶやいた。
「注意書きは守らなきゃいけないんだね」
その時、リクを呼ぶ声がした。
「リクくん、そこで何をしてるの?」看護師長の大和だった。
「あ、いえ、その、マンガを」
いつのまにか海はいなくなっていた。
「夕食の時間だから早く戻りなさい」
「はい、すみません」
リクは病室に戻っていった。
なんだか最近、大和に睨まれているような気がする。
「あら、水がこぼれてる。掃除スタッフに連絡しなきゃ」
大和がどこかに電話している。
さっきまで海がいたあたりに水たまりができていた。
掃除スタッフに指示をしながら、大和の心の中の矢魔徒は思っていた。
(リク、注意書き守らなくてもよかったのに。
それにしても誰と話していた?『闇』の存在、知ってしまったのか?)
(つづく)
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