【小説】陸と海と空と闇 (第11話)
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第8章 光
蓮の前に飛び出してきたのはリクだ。
両手に松葉杖を持っている。
そのうち一本を縦向きにして『闇』の口にガッとかませた。つっかい棒だ。
「はやく逃げろ!」
リクは蓮を突き飛ばした。
『闇』はリクをにらみつける。
「この野郎、おまえみたいな余計なことをするヤツの魂も大好物だ」
『闇』はつっかい棒で口を開けたまま喋るので、よだれが流れる。
リクの魂を飲み込むのが待ち遠しいかのようだ。
リクはもう一本の松葉杖を振り回しながら後ずさるが、つっかい棒でどこまで防戦できるのかわからない。もしこの松葉杖が奪われたりしたら、足の悪いリクが走って逃げられるかわからない。
空は、海たちと一緒に助けに来ると言ったが本当なのか。
「ごめん、遅くなった」
リクの後ろから声がした。海が来ていた。
海の後ろにも何人か、水に濡れた者たちがいる。
「みんな、『闇』に襲われて死んでしまって、ぼくみたいに成仏できなくて、海辺にいる子どもや大人たちだよ」
海たちは両腕を前に伸ばす。指先から水が飛び出し、闇の眼や口に激しく降りかかった。闇は苦しそうな声を上げた。
「これ海水なんだ。塩分が目に染みるよ」
「す、すごいよ海」
『闇』は頭を抱えた。目が開けられないようだ。
海水が口や喉を刺激し、ごほごほとせき込む。
しかし、せき込んだ拍子に、『闇』の口のつっかい棒がとれてしまった。
「この野郎!」
『闇』は大声を出す。
目は開けられないようだが、リクたちの気配はわかるらしい。
『闇』はふたたび口を大きく開けた。
リクが手に持った松葉杖を振り回すと、体をそらして逃げ、少し後ろで腰を抜かしていた蓮の気配を感じ取って近寄り、飲み込もうとした。
「蓮、逃げろ!」
リクは叫んだが、蓮は恐怖で動けなくなっていた。
黒い幕のような『闇』が、蓮の体よりも大きく開いた口で迫ってきた。
うずくまってしまった蓮を『闇』が丸飲みしようとした時。
真っ暗なラウンジに突然光がさした。真夏の太陽のように強烈な光だ。
「なんだこれ!」
リクが叫ぶ。
ラウンジの大きな窓のすぐ外に、光のかたまりがあった。
直径2メートルはあろうか。
よく見ると、一つ一つは小さい光だが、連なって大きな輝きになっている。
もっとよく目をこらすと、その小さな光がそれぞれ人の形をしているのがわかった。
「リクくん」
呼ばれて振り向くと、いつのまにかラウンジの中にも、人の形の光がいくつも浮かんでいた。
その光たちをかき分けて進んできたのは空だった。
空も光る姿になっている。
「みんなを連れてきたよ」
「みんな、って?」
「ここにいるのは、今まで『闇』に魂を抜かれて死んだ人たちや、もぬけの殻になった人たちの無念。
みんなで大きな光を作れば『闇』が倒せるかもしれない」
確かに『闇』は夜しか現れない。今も辺りが急に明るくなったので、うろたえているように見える。
ラウンジの中の光たちは、空の合図でひとつにまとまり、強い輝きを放った。窓の外の光たちのかたまりも、さらに強く窓を照らした。
海たちはもう一度『闇』の眼や口に向かって海水を噴射する。
『闇』は苦しがって地の底から響いてくるようなうなり声をあげた。
窓全体を覆いつくすほど広がっていた『闇』が、光にさらされて、端から燃え始め、焼けてだんだん縮んでいく。
地鳴りのような大きな叫び声が、力なく小さくなっていく。
やがて『闇』は両手に乗るほどの大きさになった。
触ろうとしたリクを空が止めた。
「燃えているからダメ。熱いよ」
大きく黒く厚い布のように見えた『闇』の体は赤く燃えて溶け、消滅した。
窓の外の大きな光と、ラウンジの大きな光の中からいくつもの歓声が聞こえた。海から来た者たちも飛び跳ねて喜んでいた。
魂を奪った憎い『闇』を退治したのだ。
リクは海と空と、他の仲間たちともハイタッチした。
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四階を巡回していた矢魔徒は、ラウンジで非常事態が起きていることに気づき、五階に駆け上がった。するとラウンジ前のエレベーターホールで、いきなり眩しい光に包まれて目がくらんだ。
その光から逃れるように階段まで進み、倒れ込んだ。
意識が遠くなり、どこかで(解放してやる)という声が聞こえた気がしたが、よくわからなかった。
(つづく)
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