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【小説】陸と海と空と闇 (第10話)

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第7章 れん

川田はその日、夜勤だった。
二人体制の巡回のパートナーは看護師長の大和やまとだった。
(ということは、蓮くんや『闇』の様子を見に行くのは無理そう)
川田はそう思い、リクに武器になりそうなものを託そうと考えてリハビリルームに行った。午後五時でリハビリ業務は終了なので、誰もいない。
歩行訓練に使う松葉杖を二本持ち出し、リクの病室に向かった。ラウンジと同じ五階フロアだ。

「リクくん」
ベッドでスマホを見ていたリクは、川田が来たのに気づいて顔を上げた。
「私どうしたらいいかわからないんだけど、もし『闇』と戦うことになったら、とりあえず武器になるかと思って」
川田は二本の松葉杖を差し出した。

「うーん……これで叩いて『闇』ってやっつけられるのかな」
リクはうなった。川田は真剣な顔をしている。
川田なりに考えたのだろうとリクは思った。
「……蓮くんはぼくの向かいの部屋だ。もし夜中に抜け出したらわかるから、追っかけようと思う。その時に持っていくよ。一本はラウンジまで歩くのに使う。もう一本は武器にしてみる」
「ありがとう。ここに入れておくね」
川田は松葉杖をベッドの下に置いた。
「今日の夜勤は大和師長と一緒だから、勝手に動けないと思う。なるべく様子を見たいと思ってるけど」
「わかった」

 リクはスマホで「怪物 退治」と検索してみたが、怪物が酒好きだったので酒に毒を混ぜたとか、村に伝わる伝説の矢を放ったとか、嵐を起こすとか、ちょっとリクには実現が難しそうな話しか出てこない。

とりあえず、蓮が病室を抜け出したら絶対ラウンジに行くはずだからリクも追いかける。川田がくれた松葉杖を持っていく。『闇』に襲われそうになったら松葉杖で応戦して、海や空の到着を待つ。それくらいしかできないだろうか。

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 一方、リクの向かいの病室にいる蓮は、少しわくわくしていた。

蓮は入院してから二週間たち、最近調子がよくなってきた。
ラウンジや屋上庭園に探検に行ってみるという元気も出てきた。

ラウンジの本棚に置かれた万華鏡に『真夜中に覗いてはいけない』と書いてあるのを見つけた。
(そう言われると絶対見たくなるよね。きっと夜のほうがきれいに見えるんだろうな)
屋上庭園のベンチに座ってそんなことを思った。
風がふわりと吹いて気持ちよかった。

夕方になり、寒くなってきたので蓮は病室に戻った。
その途中ラウンジの前を通り、本棚に万華鏡があるのを確認した。
本棚の横の足元には非常灯がある。夜、消灯後でも本棚周辺は見えるにちがいない。
(がんばって起きていて、看護師の巡回が過ぎたら行ってみよう)

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 午前0時少し前のナースステーション。
「師長、そろそろ巡回の時間です」
川田が懐中電灯を持って出ようとすると、看護師長の大和が川田を呼び止めた。
「川田さん、ちょっと急ぎの仕事があるの」
大和は健康診断の結果通知書と、病院名の入った封筒の束を差し出した。
「プリンタが故障して、宛名シールが出せないのよ。明日投函しないといけないので、宛名書きしてちょうだい。結果通知書に住所も書いてあるでしょ。百通くらいあるけどよろしくね」
「わかりました……じゃ、巡回が終わってから」
「いいえ、すぐ取り掛かって」大和は強い口調で言った。「巡回は一人で大丈夫だから」川田を見たまなざしは、いつもと違う冷たい感じがした。
(師長、なんかいつもと違う?)

川田が、リクと一緒に葵を散歩に連れ出した後、落ち着かない様子になったことに大和はすぐ気づいた。
(川田はわかりやすくて助かるわ。最近リクが怪しいから、一緒によけいなことをされると困る)
大和は矢魔徒やまとに変わり、プリンタを故障させて川田に宛名書きをさせ、ナースステーションから出られないように仕向けたのだ。

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 午前0時。病棟の廊下に、ナースシューズの静かな足音が聞こえた。
リクは眺めていたスマホを枕の下に隠して、寝たふりをした。
矢魔徒は五階を巡回しながら、特にリクの病室は気をつけて見たが、眠っているようなのでそのまま退出した。ベッドの下まではチェックしなかった。

しばらくたって、リクの向かいの病室から誰かが出て行った。
蓮だ。
こっそりとラウンジに向かっていた。

リクは物音を立てないように気をつけながら、ベッドを抜け出すとリハビリ用シューズを履き、松葉杖を取り出して準備した。

矢魔徒は五階の巡回を終えた後、すぐに四階に下りず、エレベーターホールにいて蓮の病室の様子を窺っていた。
蓮が予想通り病室を抜け出して、ラウンジに向かったのを確認した矢魔徒は、ホール横の階段を下りて四階の巡回に向かった。
(これで『闇』の思うつぼ。かわいそうな蓮くん)

危機が迫っているとも知らず、蓮は足音を立てないように気をつけながら、ゆっくりとラウンジの本棚に向かった。
ラウンジの窓には黒いカーテンがひかれているようで真っ暗だが、夕方確認したとおり、非常灯で万華鏡のありかはわかった。

蓮が万華鏡を手に取って、覗く。
カーテンが動いた。

違う。

カーテンではなく『闇』だった。
波打つような動きに、さすがに蓮もおかしいと気付き、見上げると青白い眼と真っ赤な口があった。蓮は恐怖で動けなくなる。

『闇』が大きく口を開けた。
「おまえみたいな、言うことを聞かないヤツの魂は抜いて喰ってやる」
口がどんどん大きくなり、人が入りそうなほどになり、
「助けて」やっとの思いで蓮が口にした。

その時、蓮の前に何かが飛び出してきた。

(つづく)

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