見出し画像

散歩の途中

ガッツある美容師の母と、とても怖くて、
本当は弱くて心の優しい父の
一人娘として田舎に生まれた私。

子供のころから家を継ぎ家業を継ぐことを洗脳されて生きてきた。

自分の意志はあまりなかったように思う。
毎日が楽しくなく、死んだように生きていた中学高校時代。
心の奥では、承認欲求が強く、目立ちたがり屋。
それでも、目立つことなく、淡々と過ごしてきて
初めて自分の意志を持ったのは高校の進路を決めるときだった。

美容師になって、養子をとって普通に暮らす。
そう言い放つ私に、担任だった先生の

「お前がしたいことはないのか?」
という問いかけに、

したいことなんて、それまで考えたこともなかったし、
私の未来は決められていたから答えられなかった。

よくよく考えて出てきた私の言葉は、

「私、美容師になりたくない。自由でいたい。」

そんな言葉だった。
それを聞いた先生は、

「じゃあ、何が好きなんだ?」
と言われたことに、私は、音楽が好きだ。と答えた。

それから、あれよあれよという間に、びっくりして大反対する親に頼み込み
初めて親に自分の意志を伝え、
猛烈に、いける短大を探し、先生に紹介してもらった
声楽の先生の元へ通って、
受験手続のすべてを自分でこなし、

今思えば、私はもともと、自立心の強い子だったのだと思う。

そして入学した短大での2年間が私の人生のすべてだと思い、
たくさんのバイトをして、音楽の勉強を楽しみ、人生の友達もでき、
約束の2年間が終わった。
今から34年前の話し。

卒業と同時に、大阪の美容室に就職して修行をした。
先生はとてもかわいがってくれた。
それでも毎日、いつ美容師をやめようかと思いめぐらしていた。
何年かして地元に帰ることになり、そこで知り合った店長と
結婚することになり、養子に入ってくれた。

美容師の仕事はそこそこできるようにはなっていて、
それでも、一生したいかといえば、そこまで天職だとも思えずにいた。
私は、もともと、器用だったのだ。

そして、人に本当に恵まれていた。今も。ずっと。
行く先々で、かわいがってもらえたのは、本当にありがたいことだった。

結婚して、地元でお店を持ち、その店は信じられないほどに、
繁盛店となった。
仕事にやりがいは感じていた。でも楽しいかと言われれば
そうでもない気持ちもやっぱりあった。

できる。ということと、楽しくやる。ということは違う。
子供にも恵まれた。
夫はどんどん店を大きくして、借金は億を超えていた。
いろいろとあり、その間、父がなくなった。
それが原因となり、離婚をすることになった。

夫は出ていき、借金のすべては私にのしかかった。
やるか、死ぬか。
その時はそんな気持ちだった。

25年前の話しだ。
経営のことなんて、何もわからない。
従業員を抱え、人に苦しんだ。
同時にこのままではだめだと経営者が集まる団体に所属した。

毎日毎日、ああ、今日も、無事に終わった。と
疲れはて、幼い息子との時間も短かった。

息子は、今年8月に24歳になった。
息子を育ててくれたのは、地域の皆さんと、私の母。

大学も卒業し、就職して、好きな仕事をしている。
何も、心配することはない子になってくれたと思う。
この子の存在がいつも私を支えてくれていたことは間違いない。

1年半前、私は、所属する経営者団体のリーダーとして大抜擢され
なれない仕事に忙しくしていた。
自分の会社も幹部が育ち、いつかは引退したいと考えていたので
現場を抜けるいい口実にもなっていた。

思えば、去年の年末から、不思議なことがずっと起こっていた。
今年の1月1日。石川県で大きな震災があり、それが一つの大きなきっかけになった。
次から次へとまるで私に何かお知らせをしてくれているような
出来事がいくつもあり、私はそれをキャッチした。
1月中頃、突然に

このままこの生活を続けていたら、私は死んでしまう。

本気でそう思った。
会社を辞める。
意志とは関係なく、いや、意志より先に私は母に

「会社、辞める。」

と口から勝手に言葉が出ていた。
近くでずっと見ていた母は、

「そうか。もういいんじゃない。」

といった。
それからの私の行動は早かった。
まずは、M&Aの会社に連絡し、面接にこぎつけた。
実際、業績はとてもいい状況なのだ。何とかなる。
そして、自分のプライベートサロンをつくる段取りをした。

長く美容師をするかどうかはわからない。でも、
とにかく、みんなと一緒にはもう働きたくない。と思うことが重なり
みんなのことがかわいく思えなくなってしまっていた。
そう思わされることが度重なっていたのだ。

私、かわいそう。
初めてそんな気持ちになった。
誰が悪いわけでもなく、自分が一番自分を大切にしてこなかったことに
気が付いた。

私、かわいそう。ごめんね。こんなに、痛めつけて。

そんなことを認めたら、もう、何もかもが止まらない。

そして5月4日。私のための自由なプライベートサロンをオープンした。
私が選んだお客様だけを連れて。
オープンして半年。
冗談で言っていたことが本当になっていく日々。
私をわかってくれている長年のお客様が
心地よく、楽しんできてくれるのが嬉しい。

大きな手放しがすべて完了するのを待ってはいられない。
私は、もう決めている未来があるから。

月の半分は、地元のプライベートサロンで美容師をして
月の半分は、旅をしながら何か仕事をしたい。

旅をしながらする仕事は、言葉を文で紡ぐようなことをしたい。

その最初の一歩が、この記事になる。

今までの私に言葉をかけてあげるとしたら

よく頑張ったね。本当に頑張った。
やり切ったよ。もう大丈夫。
これからは本当の自分を生きていいんだよ。
それを選べるぐらい、いろんなこと頑張ったもんね。
たくさんの人を育てた。
私も仕事を通して大きく成長した。
人のために本当によくやったよ。
もう、背伸びもしなくていいよ。

そんな言葉が出てくる。

本当の私は、しっかりなんてしていないし、
一人っ子で自由気まま。
行きたいところへ風のようにふわっと流れていく。
そして甘えんぼ。

まるで今まで頑張ってきた私と真逆。

仕事を通して、いろんな人を通して、私は本当に成長した。
全ての事に感謝があふれてくる。
そんな幸せな日々を送れていることが、心からありがたい。

まだ今は散歩の途中。
これから私の本当の人生が始まっていく。
ワクワクして楽しみで、仕方がない。

ありがとう。みんな。
ありがとう。私。

#想像していなかった未来






いいなと思ったら応援しよう!